ヘミシンクの世界は霊界?幽界?

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    それでまあ、前回のような疑問がわいてから、私は、フォーカス○○というヘミシンクの死後世界観をモデルに体外離脱をするのをスッパリやめて、とにかく死後世界の「高い領域」を目指すようになりました。

     


    何度か挑戦してわかったことは、結局、私が体外離脱で行ける地球の死後世界は、上位アストラル界が限界ってことです。

     

     

    なぜそこが、アストラル界だとわかるかというと、よく体外離脱後に「一番高い領域のアストラル界へ行く!」と宣言していたのもありますが、そこに住む人たち自身が「ここはアストラル界ですよ」と、ちゃんと認識していたんです。

     

     

    ちなみに、ここの人たちに、「すみません。じゃ、ここってフォーカスレベルで言うと何番ですか?フォーカス27?」などと聞いても、「ハァ?(゚Д゚)」みたいな反応をされるだけなので、もうフォーカス番号を確認するのは諦めました。

     

     

     

    うーん、ロバート・モンローはあまり有名じゃないのかな(´∀` ;)。まあ、アストラル界といっても、広大でピンキリの世界なのですが、基本的にここの領域では思ったことが実現する世界なんですね。

     

     

     

    その中でも、上位アストラル界の人たちは、いずれは物質世界に生まれ変わることを理解していて、自分の能力を活かして人の役に立つ何らかの奉仕活動や職業についている人たちです(人間の指導係など含む)。地上にあるような学校や図書館、娯楽施設もあり、聞いた限りでは結婚までもあるそうです。人にもよるけど、ここの住人の波動レベルは高いです。

     

     

     

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    波動レベルといえば・・・以前、一緒に共同探索のようなことをしていたスピ友人がいたのですが、この人の白人ガイドの女性と体脱中に偶然に会って、「おお〜!久しぶり!」みたいな感じでハグし合ったことがありました。その時にこのガイドの女性と共有したエネルギーは本当に素晴らしかったです。もうエクスタシーというか、喩えようもないくらい気持ちの良いヒーリングのエネルギーが、ブァァーーっときて、肉体に戻ってからも余韻が残り続け、嬉しくて嬉しくて、元気になったくらい。

     

     

     

    こういうものと比較すると、地上でスピリチュアル企業が仲介している殆どのヒーリングは、とてもじゃないけどヒーリングと呼べるようなエネルギーではないのです。あれは単にそこらへんの気を動かしているだけ。そういう偽物との差を痛感するほど、彼女自身が放つ波動エネルギーは別モノでした。

     

     

     

    まったく、アストラル界住人でこのレベルだったら、私が散々受けてきた宇宙からの高次元(11次元とかw)高額ヒーリングは一体なんだったのかと!!(`ω´  ;)

     

     

    あ、いや。といっても、そのガイドの女性、なにも私をヒーリングするつもりでハグしたわけじゃないんですけどね。私が勝手に彼女の波動を体感してしまっただけ。

     


    まあ、とにかく上のほうのアストラル界(幽界)というのは、かなり高い領域に感じられる素敵な世界だということで。

     

     

     

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    それで、ここからはアストラル界の住人から聞いた話と自分の憶測が混じるので話半分で聞いてほしいのですが(いや、とっくに話半分以下で聞いてるかもしれませんが)、この上位アストラル界の人たちによると、彼らは今暮らしているアストラル界で一度死んで、また上の世界へ移行して段階を経てから、その後に地上世界へ生まれ変わる・・・と言うのですね。

     

     

    これは彼らが、自分が地上で死んだことに気づいていないから「この先死ぬ」なんてことを言うわけじゃないのですよ。地上では既に死んでいるけど、更に今のアストラル界でも死んで、上の世界へ移行する・・ということを言っていたのです。この「死」がね、私には霊的な進化を表す比喩的な表現なのかどうかは、ちょっとよくわからないの。

     

     

    この話、「うん?死んであの世に行ったのに、また死ぬと? (´ω`。)?」と、ピンとこなかったので真面目に受け取らず、記憶から消えていたのですが、最近、コナン・ドイルが霊界通信で送ってきたという死後の階層イラストを偶然に見て「そういえば・・」と思い出して、うおおぉおーーー!と興奮してしまいました。

     

     

     

    ↓こちらが、ドイルさんによって分類された死後世界の階層イラスト↓

     

     

     

                                 konan

     

     

     

    ↑アストラル界から霊界(メンタル界)への移行前に、第二の死を体験するって。

     

     

     

    幽界(アストラル界)について、3・何ごとも思うがままに叶えられる世界(サマーランド・ブルーアイランド・極楽)とあるのですが、うん、まさしく上位アストラル界はそういう世界です。人によっては「極楽」と定義してもいいかもしれない。でも、この図にあるように、アストラル界よりも、もっと高い霊界(メンタル界)があるんじゃないですかね??行ったことが無いので、憶測でしかないのですが。

     

     

    そこで、前回の記事である「ヘミシンクの世界って霊界?幽界?」の疑問に繋がるわけですよ〜。というのも、フォーカス27の世界とアストラル界って一体、何が違うのかわからないくらい、同じような世界だから。アストラル界には、フォーカス27にあるとされているような施設もあるし。

     

     

    でもね、私がアストラル界よりも上の世界(霊界)に行こうとしても、ブロックされたような感じがして無理だったのです。どうしても肉体に引き戻されてしまって行けない。そもそも、アストラル界の住民たちが死んでから行くような領域ならば、地上の波動を持った私がそう簡単に入れるようなところではないのかもしれません。

     

     

     

    でもまあ、仮に、アストラル界(幽界)の上にメンタル界(霊界)が存在すると考えれば、これまで「あの世はこんな場所」とか「天国はこんな場所」という話が、人によってやけに食い違っている理由が見えてくるのです。

     

     

     

    うーん、少しでも私の言いたいことが理解していただけると、ありがたいです。(っ´∀`c)

     

     

     

     


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    ヘミシンクの世界は霊界?幽界?

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      ちょっとタイトルが誤解を招くかもしれません。ヘミシンクの世界というよりフォーカス27の世界はどこに属すのだろうか?という疑問です。

       

       


      これまで私は、ヘミシンクの死後世界観をイメージして体外離脱をしていたんですね。私にとって、ロバート・モンローがあの世の各領域をフォーカス番号で振り分けた世界観は、ある意味、最終回答的な感じがあったから。なんといっても同じ世界の体験を共有できるところに説得力がありました。

       

       

      (注:あくまでモンローの死後世界観を地図として使っていただけで、ヘミシンクCDを聴いて体験できたことはないです)

       

       

       

      そんなわけで、肉体から抜け出た後に、「フォーカス27へ行く!」「F27のヒーリングセンターに行く!」というように宣言すると、気がつけば非物質世界のエレベーターの中に入るので、そのまま27階と表示された場所で降りる・・というやり方を使っていました。

       

       

       

      エレベーターから降りた後に広がる世界は、真っ青な空に緑が生い茂り、斬新で洗練された建築物が沢山あって、そこにいる人たちは人種は多様ながら美形が多く知的な存在です。青い肌をした宇宙人もいます。計画センターは、ガウディ建築カサ・ミラをもっと近未来的にしたようなデザインの建築物でした。

       

       

       

      ヒーリングセンターはフランク・ロイド・ライト建築のような建物で内部も見て回りました。向こうの病院では、患者のカルテに挿入された写真部分が、3Dのように映像になっていたんですよ。まあとにかく、ヘミシンクでは、ここを輪廻転生の中継点としていますよね。

       

       

       

      私はここの領域の人たちが、どうも地球にかなりの影響を及ぼしているようだ・・・と今でも思っているのですが、でもねぇ〜、ここが人間が死後世界に辿りつく最終的な輪廻の中継点かどうかは疑問で仕方がないんです。

       

       

       

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      確かに、波動の低い領域に比べたら、周波数が高く光り輝いていると言っていいくらい素敵なところです。でもここって、もしかすると所詮はアストラル界(幽界)どまりなんじゃないのか??という疑いがあるんですね。(幽界と言うと何となくイメージが良くないですが、死者にしたら幸せに暮らしている人が多いと思います)
      http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/sp_newsletter/spnl_backnumber/spnl-40/spnl-40-1.htm

       

       

       

      死後に通過する領域の一つには間違いないと思うのだけど、ひょっとしたら、もっと別の階層にも輪廻の中継点があるかもしれない。というか、もっと素晴らしい高級霊界があるかもしれない。なんというか、日本の首都を千葉と思いこんだまま、成田から外国(フォーカス35とか)に行ってるのではないか??という気がして仕方ないのです。

       

       

       

      だってね、地上にいる人間をある一定数集めて、全員で同じ死後世界を思い描いたとしたら、アストラル界(幽界)にど〜〜んと一つの王国を創ることは可能なのです。みんなその原理を利用して、向こうの世界にカフェや家を作ったりしているわけで。世界中の多くの人たちがロバート・モンローに影響されているのだから、あっちの世界では「フォーカス27の世界」が具現化していてもおかしくない。アカシックレコードの図書館まで造れたりして。

       

       

       

      いや、フォーカス27も信念体系領域ではないか?と言いたいのではないのです。死後世界の中のかなり良い場所には間違いない。ただ、大昔から言われてきた天国や高級霊界に該当する場所には思えないのですよ。

       

       

      そもそも、私ごときが気軽に入場できる時点でなんかおかしいっていう (゚Д゚) 。以前は、「もう、そんな神聖視するような時代じゃないんだよ!もっと身近なもんなんだよ!」とか思ってましたが、うーん。

       

       

       

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      よく臨死体験者の体験談で、「天国には、この世には存在しない色が沢山あった」という話を聞いたことはありませんか?私はこれまで臨死体験の本を沢山読んできたので、このエピソードを単なる都市伝説として軽視できないものがあるのです。

       

       

       

      臨死体験者でなくても、天上界や霊界に行ったと主張する人たちには同じようなことを言う人がいます。とにかく地上には無い色が沢山あったと。でも、私がこれまで行ったフォーカス27で、この地上には存在しない色をただの一度も見たことはないんですよ。あそこが、地上よりも色鮮やかで光輝いているのは確かなのですが。

       

       

      これを他のヘミシンクをしている人たちに聞くと、大体みんな視界が良くないので色どころではないようです。ボヤけてるんだって。私の場合は体外離脱をした時のほうが、現実世界よりも劇的なレベルで視力が上がるので(リアルでは近視)、この色の件から、あそこは最終天国的な場所では無いんじゃ?疑惑が勃発しやした。

       

       

      いや〜、「オマエの行ってるフォーカス27が幽界レベルなだけで、他のヘミシンク体験を一緒にするな!」と怒られても私には反論できません。うーん、確かにそうかもしれません。私がフォーカス27だと思い込んでいた場所が、実は別の場所だった可能性もあります。もしも、「フォーカス27に地上には無い色が沢山あったよ!」と言う人がいたら、私が単により低い領域をうろついていたということになりますね。とにかく、自分の主観でしか判断できない世界ですからね。

       

       

       

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      ただまあ、ブルース・モーエンの本の中にあるキリスト教信者のエピソードってあるじゃないですか。「死んだ時にはイエスが迎えに来てくれる」という強固な信念を持っていた人物が死んで、その様子をモーエンが見ていたお話。この時、幻想的な演出でキリストコスプレしたヘルパーが迎えにきて、本人的には恍惚きわまる感動的な天国体験をしていたはずなのですが、より広い視野を持つモーエンがら見ると、所詮、作り物の田舎芝居でしかないわけです。

       

       

       

      信念体系に囚われた人たちは、「ここって本当の天国じゃないんじゃね?」と気づいたときに新しい世界の道が開けるようだから、生きている時も同じかもしれません。いや、存在に気づいたところで、霊性の高さで選別されて入れない可能性もありますな。

       

       

      この霊性とは、「ワクワク好きな楽しいことやってるから振動数が高い〜」なんていう薄っぺらいものではなく、苦しみの経験から磨かれてきた人としての思いやりの心とか、そーいう深いもののような気がするんですよね。

       

       

       

      なんにしても、異次元探索をするならば、見たもの聞いたもの体験したものをホイホイ信じてはいかんですね。非物質界領域にいる存在がどれだけ高次元存在と感じられても、彼らの言うことをいちいち真に受けていたら思わぬワナにはまるかも・・・と思っています。

       

       

      ヘミシンクの世界は霊界?幽界?

       

       

       

       


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      ありがとうの効力が発動しない理由 

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        私が、宇宙において"引き寄せの法則"のようなものが機能していることを信じるようになった理由には、これまでの体外離脱体験を通しての気づきと、向こうの世界の存在に教えられたことがベースにあります。

         

         

        だから今では、そういう法則が働いていること自体は理解しているのですが、だからといって、"ある人の人生に起きる全てのことが本人の潜在意識によって引き寄せられている" とは全く思いません。100%潜在意識原因説のようなものがあれば全力で否定します、はい。(`・ω・´)

         

         

        それから、言葉やアファメーションは願望実現のための簡単便利で強力なツールではあるものの、たかが知れてる部分もあります。このあたりはまた別にお話させてもらうとして、逆に、ネガティブな言葉を発したからといって即効で現象化するようなものではないので神経質にならないでくださいね〜。(ただし正観ルールとはまた別の話)(´∀` )

         

         

         

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        さてさて、引き寄せの法則というのは要するに、現実の状況をガン無視して、既に願いが叶っているかのような心と感情で過ごしていれば現実のほうも、どんどん変わっていきますよ〜というものですよね。

         


        "今"の自分の心と感情を、願望が叶っているかのように、ウキウキ・ワクワク、喜びと感謝に満ちた状態にする。その願望の実現によって、自分だけでなく周囲の人たちまでもが幸せになっている状態も想定する。

         

         

        ↑引き寄せのテクニックを要約すると、最終的にはこうなるんです。イメージよりもむしろ、日常的な感情の周波数のほうが重要で、もしもここに「自分以外の人たちの幸せ」も想定されていると現実化の威力が増すようです、どうやら。

         

         

         

         

        ・・・・これ、できますか?? ( ´д` )

         

         

         

        いや、周囲が幸せになっている状態の想定は、イメージングの範疇なので簡単です。問題は、感情レベルでも願望が実現している現実と同じような周波数になって日常を過ごすところ。っていうか実際、願望が叶っている状態になると「願う」必要性は無くなっているので、その願いについても考えることすら無くなっているでしょうね。まあ、だからこそ願望への強い執着がネックになったり「忘れる」必要性もあるということですな。

         

         

         

        これってね、現実の状況と照らし合わせて、自分的に「できるな」と思えるようなポテンシャルの高いものであれば案外できるのです。そういう物件は誰にでもあるものです。でも、自分の今の現実の状況とあまりにかけ離れていると無理がありますよ。特に必要性・重要度の高いものほど「困った」という悩みの度合いが強すぎて感情レベル(潜在意識)では嘘がつけない。ここを乗り越えるのは、生まれつき高い霊的資質を備えているか、宇宙・真我とガッツリ繋がった人たちなのだと思われます。

         

         

        :仮に今の現実とはかけ離れていたとしても、その願望実現に至るまでのプロセスが理にかなっている場合、"ポテンシャルが高い"と言えます)

         

         

         

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        それでまあ、いかなる願いであろうとも、自分自身に必要な願いを叶える人間になるためには、前回お話した"小池さんの宇宙さん"が言うように、ドロドロに詰まった潜在意識のパイプをクリーニングする必要性があるわけなのですね。

         

         

        小池さんも、「ありがとう」を唱え続けることで、潜在意識に詰まったネガティブなものが浄化されたのか借金2000万円返済の道がどんどん開けていったそうです。

         

         

        これは彼が小林正観さんの「ありがとうを5万回言えば幸せになれる」説を実践したからなのですが・・・・んじゃ、仮にみんなが同じことをやって同じような状態になるか?というと疑問です。私はこれ、ありがとうを唱えることの本質を見誤っていたら難しいと思うのですね。

         

         

         

        ありがとうを沢山唱えることの行為が目指すものというのは、結局、感謝する人間になる ということだと思うのです。なぜって、人生のあらゆる局面で当たり前のように思えるものにも感謝する、常に感謝の心で生きている人になるならば、なにも別に「ありがとう」を念仏のように唱えなくても自然に幸運がやってくるし、自分自身が幸せを引き寄せる磁石になるのだから。

         

         

         

        「願望実現のために最も強力な祈りは感謝である」ということを多くの本が説いていますが、私もこれは自分の経験上、実感しています。というのも私が人生のドン底からスッパリと抜ける変化が生まれた時期を振り返ると、それは日常の当たり前のことに感謝できる人間に変ってから起きたのですね。

         

         

         

        その前までの私は感謝という感情を殆ど持ったことがない人間でした。自分が世間以上に恵まれている部分についてはアタリマエの権利と感じ、不足している部分には全身全霊で怒り狂っていました。こーいう精神態度で生きていると、いずれはまたネガティブな思考の負債を清算しなければならなくなるということを、非物質世界の教師のような存在が教えてくれたので、それでまあ仕方なく本気で自分の心のあり方を改善するようになったのです。

         

         

         

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        宇宙というのは、言っちゃ悪いですが虐待母のようにシビアな存在です。どれだけ「助けて!苦しい、苦しい!」と嘆こうとも絶対にご褒美はくれません(苦しみから学ぶ大きな霊的成長はありますが)。むしろ苦しめば苦しむほどケリを入れてきやがります。この宇宙母さんは、泣き喚く赤ん坊はネグレクト状態で時に暴力まで振るいますが、「ママー、ありがとー!」と感謝しながら楽しく遊ぶ子供には何でも欲しい物を買い与えてくれるのです。

         

         

         

        この性悪宇宙母さんから何でも買ってもらえる子供になるには、とにかく毎日を喜び楽しみ感謝し続けるのが一番です。ただやっぱり、現状があまりにも苦しく激欝状態の人が喜び楽しむ、というのはもう無理がある。そう考えると「感謝」ならまだ何とかいけることが多いのです。性悪な宇宙母さんから財産をゴッソリと引き出してやるためにも、もう腹くくって命がけで感謝する人間になってやりましょう。

         

         

         

        ちなみに、私が本当の意味で、日常の当たり前のことに感謝の気持ちが湧いてくるようになったのは、東日本大震災があってからなんですね。毎晩、お風呂に入れること、栄養タップリのご飯が食べられること、両親が健康で生きていること、夜には快適なベッドで寝られること、自分の家があること・・・毎日の小さなことに感謝に気持ちが生まれるようになったことには、9・11の影響は本当に大きかったです。

         

         

         

        というわけで、ありがとうの法則の話に戻ります。ありがとうの法則は確かに、2万5000回までは「心を込めなくてもいいからひたすら唱え続けましょう」というものですが、2万5000回を超えたときには涙が沢山出て、心からの「ありがとう」が言えるようになる、という仕組みでもあるんですね。

         

         

        だから、なんだかんだ簡単そうなことを言いつつ、最終的には本心から感謝していないとダメなのですわ、これ。(´∀` ;)

         

         

        でも、この感謝心が極められると、人は潜在意識をつなぐパイプが浄化される(真我とつながる)ので、自分の願いがどんどん叶う世界に入っていくらしいのです。

         

         

         

        言葉は願望実現を即す強力なツールです。でも、道具のうちの主役はあくまで潜在意識のあり方と行動です。そちらを主体に考えていたら、ありがとうの行は単に楽しいゲームになります。やっぱり、"楽しいゲーム感覚"ぐらいのほうが効果が出るんじゃないですかね。

         

         

         

         


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        ありがとうの効力が発動しない理由

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          そうそう、前回、重要なことを書き忘れていました。このありがとうの法則は、特定の願いを叶えるための法則でもなければ、病気が必ず奇跡のように治る法則というわけでもないのですね。

           


          ありがとうを唱えた数がある段階を超えた時、その人にとって、「ありがとう」と言いたくなるような嬉しいこと、幸せなこと、不思議なことが起きる・・というもので、それが何であるかは宇宙の采配によるからわからない、といった感じです。

           

           

          だから、何か特定の願いがある場合は、「可愛い彼女ができました」とか「私は○○区に自分のサロンを持つことができました」とか、アファメーションも並行してつぶやいたほうがいいと思います。病気を治したければ、自分にとって有効な治療法の模索と努力も必要です。

           

           

           

          この法則について、小林正観さんはこんな風に解説していました。

           

           

           


          -----------------『楽しい人生を生きる宇宙法則』より

           

           


          私は、超常現象、超能力を研究してきて、今一番面白いと感じているのが、

          「ありがとう」の不思議というものなのですが、とにかく心を込めなくてもいいから

          「ありがとう」を2万5000回言っていると、多くの例では突然に涙が出てきます。ただ、出てこない人もいます。

          泣いて泣いて涙が出尽くした後にいう「ありがとう」は本当に心の底から感謝を込めての「ありがとう」になります。

          その心の底から湧いてくる「ありがとう」の言葉がさらにもう2万5000回続いて、
          合計5万回の「ありがとう」が出てくると、突然に現象化が始まるようです。

          宇宙には本来"幸"も"不幸"も現象そのものとしてはないんですが、「私」が幸せで心地よいと思うことは存在します。

          その私にとって、心地よいと思う、幸せだと思う現象が片っ端から起き始めます。

          自分が望んでるわけでもなく、イメージしたわけでもないのに勝手に起き始めます。

          でも、気をつけていただきたいのが、最初の2万5000回を言う段階で、ある種の言葉を口にした瞬間に
          「チーン」と音がして、「ありがとう」のカウントはゼロになります。


          その、ある種の言葉というのは何か。

          それは五戒と名付けていますが、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」です。

          心を込めないで、山ほど「ありがとう」を言っていいのですが、
          その合間に「五戒」を口にした瞬間「チーン」という音がして、そこからは、またやり直し。

          何十回、何百回やり直してもいいんですが、とりあえず合計で5万回ぐらいに到達したときから、
          いろいろな不思議現象が起きます。

          もちろん、本人にとって楽しい不思議現象です。

          なぜ、涙が出てくるのかわかりませんが、涙が出尽くした後で言う一言一言の「ありがとう」は
          心の底からの「ありがとう」になるようです。
          本来、私たちの中には、すべてのことに感謝できる心が神によって既にインプットされています。
          (中略)

           

          ついでに言っておくと、年齢×1万回、2万回、3万回を超えたところで、「現象」が変わります。

          50歳の一なら、50万回、100万回、150万回を超えたところで、「楽しい奇跡」が起こります。
          人生を面白く生きるという意味で、この"ありがとうの奇跡"を、死ぬまでに是非、味わってみて下さい。


          ありがとうのカウントと「なしなし」

           

          以前、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言ってしまうと、チーンと音がして、
          それまで、ありがとうを何回言ってもゼロにリセットされます」という注意点があると書きました。

          しかし、先日、神様と話をして、ある約束をとりつけました。

          不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言ってしまったら、十秒以内に、

          「今のなしなし!今のは間違いです!」

          と、取り消した場合のみ、ゼロにリセットされずに「ありがとう」が清算される、というものです。

          神様によれば、不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言ったことよりも、
          言ってしまったことに気がつかないことのほうが、問題なのだそうです。

          ですから、ちゃんと気がついて、「あー、言ってしまった。なしなし」と言えば、それでよし、とのこと。

           

           

           

          -----------------

           

           

           

           

          >しかし、先日、神様と話をして、ある約束をとりつけました。

           

           


          正観さん、アンタ何者?なんの権威でそんな約束取り付けてんだよ(笑)

           


          と、思わずにはいられませんでしたが、まあ、それはいいとして。(´∀`  )

           

           

          そうなのです。ありがとうの法則には、この"正観ルール"がどうも密かに機能しているようなのです。

           

           

          いや、私もね、人の悪口・批判には特に注意していたつもりなんです(これでも)。でも、この正観ルールは、よくよく読むと、想像したものより遥かに厳しい基準なんですよ。

           

           

          だって、「今日は天気が悪いなあ〜」でもアウトなんだって(笑)

           

           

          うーん、これ五戒の何に該当するんだろ・・・愚痴??これがアウトだったら、「わぁ〜もうお味噌汁が悪くなってる〜昨日作ったばかりなのに〜やっぱり夏はダメだね〜」なんていうのもアウトということになるし、家庭に2・3歳児の子供なんかいたらもう大変。「こら!!食べ物で遊んじゃダメ!このおバカ!」なんていう子育て発言もアウトということになります。

           

           

          ちなみに、これは私のスピ友人の経験なのですが・・・彼女は車の運転をしながら「ありがとう」を唱えていました。途中で割り込みしてきた車に対して思わず「ちっ」と舌打ちしたら、その瞬間、自分の体から何かがハッキリと抜けていく感覚があったそうです。それで慌てて、「なしなし!今のはなし!」と言ったら、その「何か」が戻ってきたそうな(笑)

           

           

          まったく、「ちっ」なんて言葉ですらないのに、一体どーいう了見なんでしょう?宇宙も器が小さいというか融通がきかないというかね、そんなつまらない反応で「ありがとう」の功徳を奪われるのはたまったもんじゃありません。

           

           

          ・・・おおっと、今のはなしなし、今のは間違いでぇーす。宇宙さん、いつもどうもありがとー(棒)・・・と、まあ、つまりはこういうことなのですよ。

           

           

          心を込めずに5万回くらいはとにかく「ありがとう」を達成すればいいだけの簡単なものである代わりに、つまらないことでもチャラになってしまうという悩ましい法則。といっても、これはあくまで小林正観さんが提唱していた「ありがとうの法則」の場合なのですけども。このルールに乗っ取って「ありがとう」を5万回超えした時に限り、不思議な幸運の現象化が起きるということ。

           

           

          ****

           

           

          まあ、こんな厳しいルールを忠実に守らなくても、ありがとうを唱え続けることにはちゃんと利益があるし(ネガティブなものの浄化作用として機能するから)、特に現状で幸福ポテンシャルの高い人がやった場合には覿面に効果が見えると思います。

           

           

          とは思うのですが〜、やっぱりこの正観ルールに乗っ取った「ありがとうの法則5万超え」は、人生をシフトさせる強力なカンフル剤になると思うのですね。この厳しいルールを完全に守りながら一生送ることは無理だし、やりたくもないですが、成功したら何が起きるのか見てみたーい。

           

           

          だって心を込めて連続して数千回唱えた時、あれほど自分の波動が上がったのだから、これが5万回超えともなれば、もっと面白いことが起きても不思議じゃないと思えるのです。でも、その途中で日常生活のグダグダに入ったから、シフトが中断してしまったのではないか??と。

           

           

          今ではもうすっかり私の人生もドン底から抜け出し、ワクワク過ごせる幸せな生活が戻ってきました。

          しかーし私の野望は、人生に幸せなお祭り騒ぎを起こすことですからね。ワッショイ、ワッショイって☆(´∀`∩)

           

           

          ****

           

           

          それで、正観さんが言うところの不思議な幸運の現象化とやらを体験したくて、厳しい正観ルールに従って、とりあえず2万5000回までは唱えきってみよう!!と意気込んでやってみたのです。やってみたのですが・・・・

           

           

          うーん、こいつはもう、人間と一緒に暮らす限り無理(・∀・)!と判明。

          結局、まだ達成できていません。ちなみに、トータルではとっくに20万回は超えていると思われます。

           

           

           

          だって政治の話は出来ないし、他人の愚痴・悩み話に「うわ〜、そういう上司は本当に困るよねぇ〜」と同調してあげることもままならない。味も素っ気もない無味無臭のありがとう人間になってしまうのですよ。「みゆ、最近なんかちょっと素っ気ないよねぇ〜(ヒソヒソ)」←予想される周囲の反応

           

           

          本気で達成しようと思ったら、もう山篭りのごとく、人の居ない環境に身を置く必要がありますな。そうなると現在、一人暮らしの人のほうが有利なのですが、職場などに行って同僚と世間話をしているだけでも、どの会話で「チーン」となるかわかりません。一体こんなものどうやってクリアできるというのでしょうか?

           

           

           

          でも、この厳しい正観ルールをおそらくクリアしたと思われるのが、あの小池さんですよ、小池さん。今、引き寄せの法則言霊部門で最も本が売れまくってる例のお方。

           

           

           

           

             

           

           

           

          昨年、この本の↑「超うまくいく口ぐせ」がどんなものなのか既に予想できつつも、amazonでタイトル買いしてしまいました。もう10万部も売れたんですってよ。よかったねぇ〜小池さん。いや、ご本人を知らないけども。こりゃあ借金返済どころの騒ぎじゃないですな。

           

           

          この小池さんもですね、小林正観さんの本で、「ありがとうを5万回言えば幸せになれる」というような箇所を読んで、最初は「バカらしい!」と思って本を放り投げたそうなのです。でもそのうち、小池さん自身がハイアーセルフのようなもの(宇宙さんと呼んでいる)と交信するようになり、その宇宙さんから願望実現の仕組みを教えてもらいます。それ以降、小池さんは正観本の内容に納得できるようになり、毎日夢中で「ありがとう」を唱え続けたそうです。

           

           

          そうして、毎日7000回は「ありがとう」を夢中で唱え続けて、1ヶ月くらい経った時(5万回どころじゃないはず)、ビカーっと光輝く宇宙と繋がるような体験をしたと言うんですね。読んだ内容からすると要するにコレ、宇宙っていうか小池さんは真我と繋がったのだと思うのですよね、たぶん。そして、この体験以降、小池さんは着実に幸せ街道を進んでいくことになります。

           

           

          それでまあ、私、これ読んで思ったんですよ。この当時の小池さんって一人暮らしで(パートナーとは離縁)、毎日お客の来ないガラガラのお店で、一人でひたすら「ありがとう」を唱え続けていたそうなんですね。

           

           

          ということは、店の中でも一人(同僚なし)、家に帰宅しても一人の状況が続いた場合には、あまり余計なNGワードを言うこともなく、正観ルールをクリアすることも可能だったんじゃないですかね。いや、勝手な想像なのですが。

           

           

          ****

           

           

          以前読んだ某スピ本にね、引き寄せの法則に関する話題がありまして、そこに「潜在意識(真我・空・宇宙)とのパイプが詰まった状態の人が、”ありがとうを○○回言えば願いが叶う"なんていうのにハマっていくら唱えたところでねぇ・・・・(無駄だから)」みたいな主旨のことが書かれてあったんですよ。

           

           

          これまったく仰る通りで私もそう思っていたのですが、しかし小池さんがチャネリングしている宇宙さんによると、むしろ

           

           

          「ありがとうという言葉には潜在意識に詰まったドロドロのパイプをクリーニングする力がある」のですと。

           

           

          一説によると、人間は感謝を徹底的に極めていくと真我と繋がるそうです。・・ということは、感謝の代表的な言葉である「ありがとう」をあらかじめ飽きるほどオーダーすることで宇宙(真我)と繋がる、つまり潜在意識とのパイプがクリアになる・・・という風に考えると、これは理にかなっています。

           

           

           

          そういえば、ホ・オポノポノの潜在意識のクリーニングの言葉だって、ヒューレン博士によると究極的には「ありがとう」の一言で集約できると言ってましたからね。正観さんが、ありがとうのミラクル現象の節目を年齢×1万回として設定しているのも、結局、今まで生きてきたネガティブな思念+言葉の浄化を意味しているんじゃないですかね。こんな理屈を頭に入れておくといいかもしれません。

           

           

          ただまあ、言葉は現象化を促す強力なツールでありながらも、やっぱりどうして道具の一つに過ぎません。もしも、ありがとうを唱えてその効果を実感したいのならば、最初にガッチリと理解しておいたほうがいい重要なポイントがあります。このポイントを大きく見誤ると、「○○万回唱えても、別に何もありませんでしたが??」ということになると思うのですよ。

           

           

           

          というわけで、その話はまた次回に〜〜(-@∀@)

           

           

           

           


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          ありがとうの効力が発動しない理由

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            私は10代の頃に、"思考の力で願望を実現させる"といった類の思想に傾倒して以来、もうかれこれ20数年くらいは、引き寄せの法則系の本を読み続けてきました。

             


            引き寄せの法則本だけでも、町の本屋並みに所有していたのですが、かといって実践するわけでもなく、なんとそのうちの10年くらいは、引き寄せの法則説にイチャモンをつけるということに自分の膨大な思考エネルギーを消費していました(笑)

             


            懐疑論者になって、精神世界の人たちを「バーカ、バーカ」と嘲笑っていた頃が一番アンチ度が高かったのですが、その後、前向きな気持ちで引き寄せの法則本を読むようになっても、「それはおかしい」という違和感がありました。

             


            まあ、そんなクソっぷりでしたので、ありがとう念仏なんてのはもってのほか。仮にあの当時の私が「ありがとう」を10万回、20万回、と唱えたところで、私が期待するようなレベルのことは何も起きなかったでしょう。うん。

             

             

            それはなぜか?

             

             

             

            そもそも、私の心と感情の基本振動数とでもいうべきものが、あまりにも低すぎたからです。

             

             

             

            低いも低い。低いなんてーもんじゃない。

             

             

            なんというか、絶望のドン底にいる状態にも慣れてしまって、毎日、暗闇の中を淡々と面白味もなく歩いているような感じ。もしもあの頃の私に「苦痛なく死なせてあげるから、身辺整理しときなさい」という神様のお告げがきたとしたら、「ヒャッホー!!!神様どうもありがとう!!(*゚Д゚*)」と大喜びしたと思います。とにかく生きることから解放されたいっていう。

             

             

            私には、なぜ自分が不幸になってしまったのか原因がちゃーんとわかっていて、その問題を解決しようにも現実的には不可能(と、思い込んでいた)なために、幸せになれる希望が全く持てない・・・こういう状態だったんですね。

             

             


            というわけで、こういう私のような人が、ありがとうの行を続けたとすると、それは、気・エネルギーの次元で見た時、イメージで例えるならばこんな状態なんです。

             

             


            灼熱の砂漠の砂の中に、"幸福の種"を植えて、一生懸命、水を撒いている状態。

             

             

             

            この「水を撒く」という行為が、「ありがとう」を一定数唱えた行為にあたるのですが、水を撒いても撒いても、ジュワワワワ〜〜〜〜って一瞬にして気化しちゃうわけですよ。よく「砂漠に水を撒くような行為」って言いますわな。まさしくアレ。

             

             

            この「ありがとう」は決して何も起きていないのではなく、着実に水は撒かれています。

             


            でも、そもそもの土壌や気象に問題があるので、芽が出ない。結果が出ない。変化が見えない。

             

             

             

            ****

             

             

             

            「そのくらいに辛い状態だからこそ、奇跡を求めてるのに!」という人も、きっといますよね?

             

             

            うんうん、むしろ、これはそういう人ほどやるべきものなのです。自分が過去から蓄積してきたネガティブなものを中和してくれるから。

             

             

            ただ、そのぐらいに苦しい状況にある人、幸せになれる可能性を自分自身では全く見出せない人の場合、ありがとうをちょっとやそっと唱えたぐらいでは、現実レベルでの効果が見えてこないので、続けることが難しい。とても難しいのですが、それでもなんとか続けていると、現状を打開する情報や方法に出会ったりして、それだけで意識の振動数がスパーン!と上がったりします。

             

             


            ちなみに、「ありがとう」の場合、これが気・エネルギーの次元で、どういう形で現れるのか、私は最初、特に何かを感じたわけでもなかったので、この言葉を特別なものとは思いませんでした。まあ、綺麗な水の結晶が出来るほどに良い波動なんだろうな、とは思っていたのですが。

             

             

            でも、願望実現断定系のアファメーションのほうが、よっぽど気の次元での即時現象化がはっきりしていたし(注:条件の揃ったものに限る)、なんてったって、ありがとう念仏は薄気味悪かったし。

             

             

            「ありがとう」は単なる感謝の表現であるけれど、Tank you とも違う、「有り難し」ですからね。ありがたや。単純に語源だけで考えると「滅多にないで〜」だしなあ。

             

             


            それでもまあ、工藤房美さんの本の影響で、ありがとうを唱えたことがあったのですが(飽きてスグやめちゃったけど)、自分の特定の臓器を意識して「ありがとう」を連続して唱えていると、その臓器の波動が上がることに気づきました。

             

             

            なんというか、臓器のエーテル次元の波動が軽くなる、っていう感じなんですよ。例えば、肝臓の場合はそれが肉体レベルでも、ボコボコと動くくらいの反応ぶりです。

             

             

            あっ、そーか。工藤さんは、こんなことを毎日毎日、エネルギー体がフルMAXの飽和状態になるまで繰り返して、最後には末期癌を治癒させたんだな、そーかそーか、と納得しました。

             

             


            それから、体のエネルギーの流れが停滞した場所に「ありがとう」を連続して唱えていると、そこのエネルギーが高確率で正常に動きだすようです。

             

             

            それがどーしたと思われるかもしれませんが、人の身体は気の次元では、どこもかしこもサラリサラリと川の流れようにエネルギーが流動していないと良くないのですね。動きのないコップの水はいつか腐敗していきますよね。

             

             

            なぜかはわからないのですが、とにかくエネルギーの流れが停滞していると、そこの箇所に問題が出る・・・ということを私は自分自身の身体で理解しました。だからまあ、そんな効果を見てると、ありがとうで病気が治った人がいても不思議ではないです。

             

             

            ****

             

             


            あ、そうそう病気といえば、前に、「健康診断で47mmの卵巣種大だと言われた」という話をしたことがありました。

             

             

            実はこの健康診断を受けた日の晩は、癌や悪性腫瘍の可能性に悩みながら寝たものの、確かその次の晩くらいに、ベッドで横になりながら自分の体に感謝を込めて「ありがとう」を唱えてみたのです。

             

             

            卵巣そのものにも念入りにしたけれど、自分の体中を丁寧に感謝の気持ちを込めて「ありがとう」を唱えることを何時間もかけて、何千回も唱えたんですね。

             


            そしたら、ある段階で、自分のエネルギー体がまるでキラキラな光の粒子が満ちたように軽くなって、なんかブォォオオオ〜〜〜って、飽和状態になったんですよ。ブォォォオオオオ〜〜って(笑)

             


            その時、ものすごい幸せ感に包まれて、心の中で、

             

             

             

            「・・・すごい!こんなことを続けていたら、私の体はもうどんな病気にもなりようが無い!人がこんな心の状態で生きていたら、どんな願いだって叶わないほうが難しい。もうこれから私のあらゆる願いは嫌でも叶ってしまうんだ!!どうして今まで私は、(あの願いに対して)それは不可能だと、あんなにも強く思いこんでいたんだろう??自分の意識が現実を創造することを理解しながら、毎日、不安感でいっぱいだったのは本当にバカげていた。よかった、心配する必要なんてなかったんだ。なーんだ私の願いはみんな叶うんだ。良かった・・・本当に良かった・・・ありがとう!本当にありがとう!!」

             

             

             

             

            ・・・・とまあ、こんな風にね、感動で胸がいっぱいになって涙が流れて、ワシは無敵!というような高揚感に満ちた精神状態になったのです。

             

             

             

            そして、その数日後、産婦人科に卵巣の検査に行ったら、私の卵巣は左右どちらも正常で、そもそも全く腫れていないと言われました。「右側の卵巣に47mmの種大アリ」と言われて、その3日後くらいに再検査に行ったら、「いやいや、何も腫れていないです」という結果だったのです。

             

             

            卵巣種大が2・3日で治ることがよくあることなのかは、ま〜、よくはわからないのですが、とにかく治っていました。よかったよかった。うん。

             

             

             

            ****

             

             

             

            ただね、この時体験した素晴らしい高揚感なのですが・・・結局、数日もしたら、ヤクが切れたかのごとく消え失せました(笑)

             


            「あ、あれ??あの時のスーパーサイヤ人化した新しい私は一体どこへ??(−_−)」という感じで戻っちゃって、結局、ミスターサタンぐらいになってしまった。くっそう、この戦闘能力じゃ戦えん。

             


            いや、私の基本的な振動数みたいなものは、ちょっとは上がったと思うし、日常的に良いことや幸運は頻発してるので、ありがとう効果が出ていないわけではないと思うのです。

             


            でも、なんだろうなあ、本当に「薬が切れた」というくらいに落差が大きくてね。別に覚醒体験とか真我と繋がったとか、そこまで大層なことではなかったので、そんなものかもしれないけれど、素敵なエネルギーがごっそりと消え去ってしまったような、どこかそんな空しさ。ぐぬぬ。

             

             


            なんでなんで??とあれこれ考えてみて、そういえば・・・と心当たりが一つありました。

             

             

             

            というわけで、続きはまた次回に〜〜〜(・−・)


             

             

             

             


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            「ありがとう」を唱えて病気が治った人たち

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              不思議なことに、外国の奇跡的治癒体験には、圧倒的にプラシーボや宗教的信仰によるものが多いのですが、日本の場合はどういうわけか、「ありがとうを唱えたら(感謝したら)病気が治りました!」などという話が凄く多いのです。それも2000年以降からは特に。

               

               

              まあ、そういう話の殆どが本人が語る体験談か、「ご本人の話によりますと・・」なんていう伝聞レベルのものばかりなんですけどね。でも、そんな話が沢山あるということは見過ごせません。医学的エビデンスだの医学的研究結果だのって、結局、多くは統計学的分析なのだから、多くの体験談がある以上は真面目に捉えておかないと。

               

               

              統計学的分析と言えばカッコいいけれど、これは所詮、口コミを数値化したみたいなもんじゃないですかー。

               

               

              それで、日本特有とも言えるこの「ありがとうの癒し現象」が流行り出した原因というか、ネタ元は、小林正観さんだと思うのですよ、たぶん。ホ・オポノポノというのもありますが、ありがとうの癒しの奇跡について本や講演等で普及してきたのは、どうやら小林正観さんのようだから。

               


              とはいっても私が小林正観さんの本をマトモに読んで実践する気になったのは、ここ1・2年のことなのですけどね。だって私、この人の本だけはずっと避けていたから。

               

               

               

              いや〜〜なんというか、書店でパラパラと捲って、自分的に「だめだ・・」と拒絶してしまうオーラが正観本にはありました(笑)

               

               

              「そ・わ・か」「い・ど・お」とか、防災訓練みたいなこと言ってるし、「どーせトイレ掃除しろとか、ありがとうと言えとか、なんか道徳的な話が書いてあるんだろーな」と思いながらじっくりと読んでみると、やっぱりそういう本。一度は試してみるかと「ありがとう」という言葉を言ってみても、飽きてしまってなかなか続かない。

               

               

               

              そんな記憶しかないので、私にとって小林正観という人は、長い間、仏教的・道徳的な人生論(独自の哲学)を書いているだけの人に過ぎなかったのです。

               

               

               

              ******

               

               

               

              ところがどうして、ようやく小林正観という人が語っていたことの素晴らしさに気づきました。

              昔は読んでもまったく心に響かなかった内容が、改めて読むと一言一句、素直に納得できるようになっていたのです。(以前の私は相当心が汚れきっていたんだな)

               


              そんな風にに変わった理由の一つには、私自身が「言葉の威力」を知るようになったから、というのがあります。

               

               

              それは、「○○○と唱え続けたら願いが叶った!!ヒャッハー!こいつは言霊の力に違いねえ!」・・というようなものではありません。

               

               

              願望実現に至る要因は因果関係が複雑すぎて、それが言霊の力と限定できるような類のものではないし、アファメーションの効力がどの程度影響を及ぼしているかなんて、あやふやなものです。

               

               

              じゃあ、どういうことかというと、私、ある時期から(3・11震災以降)、「言葉が非物質次元においては即効で現象化している」ということをエネルギー的に感知するようになったんですね。といっても、これはあくまで自分の身体のエネルギーフィールド内においての感知に過ぎないんですけど。

               

               

              いや、これがなにか大層なことのように思われると困っちゃうのですが・・・別にたいしたことじゃないんです、ホント。たいしたことじゃーないのですが、でも、これを自分自身で体感すると、法則通りかつ機械的に機能している宇宙に物凄く感動します。いついかなる時も、機械的にそのまんま言葉通りのことが、エネルギーの次元では起きるのだもの。

               

               

               

              これを体感して、何度もその再現性を確認した時、「ついに私は願望実現のための魔法の杖を発見した!!」という感激で、胸が震えるようでした。(いや、昔からスピ世界にそういうこと言っている人たちがいるのはわかってはいたんですが、そんなもん、一体どうして信じられるってんでしょうか?)

               

               

              言霊やアファメーションは、物質世界ではタイムラグがあるので、効果がサッパリわからないものなのですが、エネルギー・非物質の見えない次元においては、ちゃんと"必要条件が揃ったもの"であれば、特定の言葉を発した瞬間、実は即効で現象化しているのです。そして、エネルギーの次元で現象化したものは、遅かれ早かれ物質世界に影響を与えます。もちろんコレ、物質世界では何にも見えないし、何かが変化してるようには見えません。

               


              とにかく、これをハッキリと認識してからというもの、最初は感動したものの、同時に怖くもなりました。

              だって、これまで自分が何気なく発してきた言葉というものの威力がわかったから。

               

               


              一見、何気なく発しているネガティブな言葉の束は、着実にその人本人に影響を与えているのです。つまり、私のようなネチネチと文句の多いタイプは最悪というわけです。・・・おっと、いけねえ。自分さいこー(棒読)

               

               

               

              まあ、そんなことを確信するようになったので、改めて正観さんの本を読んだ時には感心しました。この人が生前、懸命に話していたことは、人間が人生で幸せな現実を引き寄せるために一番シンプルで簡単で有効な方法だったんじゃないかなあ〜と。

               

               


              そして、彼がよく語っていた「ありがとうの奇跡」は、肉体の癒しを実現させる手段としても、信仰心の希薄な日本人にとって一番簡単な方法かもしれません。

               

               

               

              前置きが長くなりましたが、そこで本題です。正観さんの本に出てくる、「ありがとう」を沢山唱えて病気が治った人たちの例には、以下のような話があります。

               

               

               

              ------------------------

               

               

              あるとき、三十代半ばくらいの女性と六十歳くらいの女性が、

              受付で私を待ち受けていたことがあります。

              私を見つけると、その若いほうの女性、娘さんでしたが、

              「この人が小林さんよ」と、母親に紹介しました。母親はこのように言いました。

              「ああ。小林先生ですか。お初にお目にかかります。
              命を助けてくださいまして、ありがとうございました」
              私は一瞬、戸惑いました。

              「今日が初対面ですね。初対面なのに、命を助けていただいて、というのは、
              ちょっと説明をいただかないとわからないのですが・・・・」

              ということで、その女性が話されたのは次のようなことでした。


              ある時期、自分の体が大変弱り、足腰も弱って
              壁や机につかまらなければ立ち上がれない、歩けない
              ということがあったのだそうです。

              あまりにも体が弱っているということで、医者に診てもらいました。
              そうしたところ、結果は末期ガンである、ということだったそうです。

              この方はかなり強い人だったらしく、
              「ガンであるなら言ってください」とお願いしていたのでしょう。
              「入院加療の必要はありません。自宅療養をしてください」
              と言われたということです。
              つまり、末期ガンでもう病院では手の打ちようがないので、
              自宅で残りの日々を過ごしてくれ、ということのようでした。

              末期ガンの宣告を受けたときに、暗澹たる気持ちになったというのですが、
              一つだけ光明がありました。
              それは、その宣告を受ける一週間ほど前に、
              娘さんから次のような話を聞いていたからです。

              小林さんという人がいて、その人の話を三回ほど聞いた中に、
              「ありがとう」の話があった。
              「ありがとう」を二万五千回(心をこめなくてよいから)言うと、
              なぜか涙が出てくる。
              その涙が二時間から三時間出たあとで、再び「ありがとう」を言おうとすると、
              本当に心の底から感謝の念が湧いてきて「ありがとう」の言葉が出てくる。
              その気持ちをこめて「ありがとう」をあと二万五千回ほど言うと、
              突然に自分にとって嬉しく楽しく、幸せな奇跡のようなことが起きる。

              母親が、この話を娘さんから聞いたときは、
              「へー、そんなことがあるの」と軽く聞き流したというのですが、
              一週間後にガンの告知を受けたとき、この話が一筋の光明になった、ということでした。

               

              そして、母親はこう決意するのです。
              「もう他に手の打ちようがないのであれば、奇跡に頼ってみよう。
              そして一日千回、『ありがとう』を言って、百日間(合計十万回)
              続ければ、いくらなんでも五万回を数え間違えることはないだろう」と。
              そして、一日千回の「ありがとう」を言いはじめます。

              三十日ほどたって(ありがとうを三万回言い終わったところで)
              壁や机を頼って立ったり歩いたりしなければならない状態であったのが、
              自分の足で立ち、歩けるようになったということでした。

              二ヶ月後(六万回「ありがとう」を言っているうちに)、
              近所の人から「最近、顔色がよくなりましたね、お元気そうですね」
              と言われるようになりました。
              もちろん、末期ガンであることなど伝えていないので、
              近所の人たちは、ただ外見から元気になったということを感じて、
              そのような感想を言ったらしいのです。

              三ヶ月ほどたったあたりで、(「ありがとう」が九万回を超えたところ)、
              体重が増えて、顔もふっくらしてきました。これはおかしい。
              どうも体が変化しているようだ、ということで、
              その母親はさらに十日間、合計十万回の「ありがとう」を言い、
              それからもう一度病院の検査に行きました。

              そして、もたらされた結果は、ガン細胞が全身からすべて消えている、
              というものでした。末期ガンが治ってしまったのでした。

              「ありがとう」を十万回言いつづけた結果、ガンが治ってしまった。
              そういう事実が私のところに報告されました。

              すべての人にこの方程式が当てはまるとは保証できませんが、
              「ありがとう」という言葉にはものすごい力があるらしい、
              ということが証明された一つの事件でした。

               

               

              ****

               

               

              「ありがとう」という言葉を二万5千回言うと、
              涙がどっとあふれてきて、バスタオルがしぼれるくらいに
              大量の涙が出るらしいという話を本に書いたことがあります。

              それを読んだある方が、実際に二万五千回「ありがとう」を言ってみたそうです。

              すると、本当に涙がどっとあふれ、泣いて泣いて、
              とにかくバスタオルがぐちゃぐちゃになりました。
              そして、もうこれ以上涙が出ないというくらいに泣いて
              涙が涸れて尽きて、一分ほどたってから、
              なんと真っ黄色の涙が一粒だけポロッと落ちた、というのです。

              この人は、六五歳の方ですが、実は一五歳のときから難病をわずらっていました。

              アトピーのような状態で体に膿が出て皮膚がただれ、
              それが体内の臓器にも広がっていて、
              五十年間苦しんできました。

              原因も病名もわからず、対処のしようがなく、
              何をやっても治らなかったそうです。

              それが、二万五千回の「ありがとう」を言い終わってから
              出た涙のあとに、黄色い液が一滴出た。

              その後、一時間で体の腫れがひいたのだそうです。
              そして、一晩寝て起きたら、全身がきれいになっていた。
              今まで、五十年間、何をやっても治らなかったものが治った。
              この一滴の膿が目から出てきたことによって、
              体中の毒がすべて凝縮されて出てきたらしい。
              そんな報告がありました


              もう一つの実例報告。

              ある人が、「ありがとう」を二万5千回言い終わったとき、
              道を歩いていたそうです。
              やはり涙があふれてあふれて止まらなくなったので、
              その場で遠慮せず大泣きした。
              この人は弱視で視力が0・01ほどしかなかったそうですが、
              泣き終わったあと、なんと視力が1ケタ以上よくなったとか。

              めちゃくちゃに泣いたあとに、
              もしかするとこのような奇跡的な体の変化が起きるかもしれません。

              人によって何が起きるかわかりませんが、
              「ありがとう」を二万五千回言うことにより、
              不思議・不可思議を楽しめるのです。

               

               

               


              ------------------------

               

               

               

               

              これ、正観本を読んでいる人たちには、お馴染みの話ばかりなんですけどね。

               

               

              で・・・この「ありがとう」を唱えることによって、病気が治癒した人たちというのは、正観さんの本だけに出てくる話ではありません。

               

               

               

                

               

               

               

               

              以前にご紹介した、「ありがとう」を唱えて末期癌を治癒させた工藤房美さんの二作目の本なのですけども。

               

               

              この本、末期癌が完治したその後の工藤さんの体験を書いたものなのですが、その中には、前作『遺伝子スイッチオンの奇跡』を読んで、「ありがとう」を唱えることで病気を治した人たちの逸話がいくつも出てくるわけですよ。

               

               

              そのエピソードの数々が、ものすごく正観本の特徴と酷似しているのです。「ありがとうと感謝しながらトイレ掃除をしてたら腎臓病が治った」だの、「泣いて泣いてもうこれ以上涙が出ないと思うほどに泣いた後に癌が消えていた」だの。

               

               

              だから、こうしたことは誰もが体験できることではないにしても、そこには何らかの宇宙法則に則った真実があるんじゃないでしょうか?

               

               

              なんてたって工藤房美さんは、正観本や精神世界の本を読んで「ありがとう」を唱えるようになったのではなく、村上和雄博士の影響で自分の遺伝子にお礼を言ってみようと思いついた人なのですから、これは正観さんとは全く別ルートで「ありがとう」の威力を実証してくれたわけです。

               

               

              まあ、病は気から。プラシーボ効果も重要な要素なので、何らかの体の問題で悩んでいる人は試してみてはどうでしょう。

               

               

               

              ・・・・ただーし!!この「ありがとう」を唱え続ける、ありがとうの行は、これがまたちょっとクセモノでね、「どんだけ、ありがとうを唱えてもな〜んにも変わらなかった」という人も存在します。

               

               

              それは一体なぜなのか?あくまで私の考えなのですが、次回はその話をしたいと思います。

               

               

               

               

               


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