真理は隠される仕組み

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    (前回のつづき)

     

     

     

    例えば、この私。自分が不幸になったのと同時に霊的なものを一切信じなくなった時期がありました。

     

     

     

    こーなるともう、とことん人間性が歪みきって、クズっぷりを周囲に露呈していました。幸せいっぱいの新婚兄嫁にケリを入れるわ、兄貴のネクタイ切り刻むわ、暴れて母親の首は絞めるわ、まー、酷いもんです。当時、うちの親もよくぞ私を飼い続けてくれた。

     

     

     

    つまり、これが私の素の魂レベルということなのです。いやー、お恥ずかしい。(´∀` )ハハ・・

     

     

     

    それ以前の、幸福でスピリチュアルなことを信じていた頃の私は、自分はそれなりの良い人間だと思い、随分とキレイごとを言っていたものです。それがこのざまだよ(笑)m9(^Д^) まったくプギャーとしか言いようがありません。

     

     

     

    やっぱり、自分が幸せで何らかの信仰を持っているような状態では、本人の魂の実態はわからない。不幸のドン底+無神論者みたいなコラボ状態でありながらも、周囲の幸せを考えられる人というが一番凄いのでしょう。

     

     

     

    ちなみにこれ、ちょっとやそっとの中途半端な不幸では化けの皮は剥がれません。本人的に「そんな状態になったら絶対自殺したほうがマシ」ぐらいのものでないと。

     

     

     

    *****

     

     

     

    ただ唯一マシな点があるとすれば、むしろ私は霊的なことを一切信じなくなってから、以前にも増して、ホームレスのおじさん達にお金や食べ物等を渡す・・という行為を繰り返すようになったことです。

     

     

     

    なぜかというと、神も仏もないこの世界で運悪くそんな境遇に陥ってしまっただけの人たちなんだと、本気で同情したからなのですが。あ、でもコレ、別に偉くもなんともないのですよ。

     

     

     

    だってこの件によってわかることは、要するに私は、不幸+無神論者の状態に陥った時には、自分より不幸な人間には優しくできても、自分よりも幸せな人たちは気に食わずに毒を撒き散らす人間だったということだから(・∀・ ;)

     

     

    ***

     

     

    ところで皆さんは、前回で挙げた精神世界における二つのパターンの説のうち、どちらに共感します??実際は、この説のようにクッキリと分かれているわけではなくて、所々で混在している感じなのですが。

     

     

     

    どうもチャネリング系の本ばかり読んでいると、2番に偏っていく傾向がありますね。「引き寄せの法則」にハマるとかね。

     

     

     

    私は「引き寄せの法則」を否定はしないけど、かといって、このタイプの哲学だけに偏る生き方をおススメしません。というのも2番タイプの妄信的な追及は、1番よりも、しくじり率が高いと思っているからです。はい。(・ω・)

     

     

    (つづく)

     

     

     

     

     


     

     

     

     

     

     

     


    真理は隠される仕組み

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      以前、私が出会った人の中に、臨死体験のような覚醒を経て以降、霊界体験がとても豊富・・という男性がいたんですね。サワヤカな好青年だったのですが、この人とあの世や体外離脱について楽しくお話したとき、彼がこんなことを言っていたのです。

       

       


      「なんか霊界ってね〜、絶対にあの世の法則に関して、世界中の誰もが認めてしまうような確実な証拠は出さないようにしてるみたいなんだよねぇ〜わざと」

       

      ・・・って。

       

       


      これね、私もずっと思ってきました。特に真理に関しては、どうも地上の人間には絶対確実なものを示さずに、人間を試しているフシがあるなって。

       

       

       

      こういう「神様に試されてる」的な発想はクリスチャンみたいで好きじゃないのだけど、でもやっぱり、人間のの魂の有り様を試すには、こうするしかないのかなあ。

       

       


      例えば、輪廻転生というものがあって、今生の生き方が来世の環境に影響するという法則を誰もが確実に信じている世の中になってしまったら、自分の来世のために奉仕的な行為をするという人間も続出するでしょうね。偽善でも出来るだけ偉いけど。

       

       

       

      ***

       

       

       

      でもそいつは杞憂というもの。だって、輪廻転生があると思えるような情報と共に、そんなもんないよ!と思えるような情報もちゃーんと用意されているから。それは唯物論の観点からだけでなく、死後世界を信じる立場の情報からでも、盛り沢山です。

       

       

       

      選べる宗教の選択肢がロクに無かった100年前とは違って、現代は大抵の先進国ならば霊的真理に関する情報はより取りみどり。とはいっても今は今で、スピの狭い枠の中だけでも逆に情報が氾濫しすぎて迷うようになっています。

       

       

       

      例えば、昔から精神世界にある、以下のような相反する主張の数々・・・

       

       

       

       


       ゚Д゚  )
      「人は魂の成長のために生まれてくるのです。

      人間において最も大切なことは、奉仕の心と利他愛です。

      人生における苦しみもそれは過去世のカルマを清算できるありがたーい機会。

      もし人が過去世の全てを覚えていたら、自分の宿命的な境遇にも納得できることでしょう。
      地上では社会的に成功した人が尊敬されますが、霊界ではむしろ逆です。
      幸福で恵まれた人というのは、実は魂レベルではまだまだ初級者であることが多いのです。
      そして、地上において障害が多く苦しんだ人は魂の上級者であり、

      霊界では、苦難によって魂を磨いた人ほど尊敬されるのです。
      他人に行った行為はいずれは自分にかえります。仮に不貞行為を行えば、

      今生、もしくは来世で配偶者から同じ裏切りにあう因子を作るでしょう。」

       

       

      ◆福∀・)
      「私たちはこの地球に、喜びと幸せを体験するために生まれてきました!
      ワクワク楽しく情熱に従って生きる引き寄せのマスターが、振動数の高い人です。
      過去世のカルマ??HAHAHA!!そんなものはありません。

      しかし、あなたがカルマを信じるならば現実になります。
      苦しみや貧しいことは美徳ではありません。
      単にその人はそーいう経験をしてみたかったのです。
      不倫?それはこの地球で設定されているルールに過ぎません。
      進化した高次元の惑星ではパートナーシップは束縛するものではなく、
      お互いが自分の有りのままでいることを許し、ただ愛しかありません。
      宇宙には良いとか悪いとか、善悪はないのです。ジャッジを手放しましょう。

      ところでクジラを食すのはいかがなもんでしょう?」

       

       

      ****

       

       

       

      1番で「そうか、利他愛か!ボランティアでもしてみっか!」などと思っても、あらま!ちゃんと2番で、自分の欲望と幸せだけを追求する人が出てくるように出来てる。

       

       

       

      「将来、引き寄せが成功して大金持ちになったら寄付しよう」などと夢想し、何もしないうちにあの世逝き・・・みたいな人もいたりして。

       

       


      いやこれ別に、,正しくて△間違っているということが言いたいのではなく、1番も2番も、きっと、それなりに正しい部分はあるのだろうけど、信念が極端に偏るとおかしなことになるんじゃないでしょうか?

       

       

       

      やっぱり、自分がどんな教えに特に共鳴して何を実行に移すかで、その人の内面が曝け出されるってものですな。どのような人生哲学で生きるべきか?何をどう選ぶかは、もう完全にその人次第。(´∀`∩)

       

       

       

       

       

       


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      せめて自分が主人公の空想を

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        (前回からの続き)

         

         

        その一例として、私の中で長い間、"ある夫婦の子供"という設定で空想し続けてきた小さな女の子がいたんですね。

         

         

         

        女の子の顔はポストカードの少女をモデルにしていて、その空想は、自分の娘とか脳内映画の登場人物・・というものとも違う。とにかく、"よその夫婦” から生まれた女の子の成長を他人の立場で傍観するかのような空想を、なぜか私はずっとしていたんですよ。

         

         

         

        ロリコン男性でも子供好きでもないのに、そんな夢想をする理由なんて一切無いのですが(子供が欲しいと思ったこともないし)、どういうわけか、非物質世界に具現化させてしまうほどの勢いで思い描いていました。

         

         

         

        そしたら不気味なことにさ、、姉が産んだ子供が私の空想の女の子にビックリするほど激似なのです。姉とは似ても似つかない顔立ちなのに、ほぼ同じ顔ってくらいに似ている。

         

         

         

        そしてまさしく私は現実に、この姪っ子を赤ちゃんの頃からよく世話をして、この子が幼稚園へ通い、遊び、日々成長していく過程を他人の目線で傍観することになりました。

         

         

         

        ***

         

         

         

        これ、一人の人間丸ごとなので、こんな大それたものを私が現実に反映させたとは思えません。が、しかーし、自分の今生においてそれが可能となる条件が合致した隙間を狙って現れたかのようでもあり、なんだか悔しい。

         

         

         

        そーいや、私の作っていた脳内映画にしてもそうです。私はこの脳内映画を、映画の制作現場の状況までも「観察者」の視点で思い描いていました。普通ならば自分が女優や映画監督というポジションで登場して妄想する気がするのですが、そうじゃない。観客のように全体を観察するだけで、そこに"私"という主人公は登場しません。

         

         

         

        そしてこれまた私の人生において、女優や俳優たちが台詞合わせや演技の稽古をする姿を仕事上、観察する・・・という日々がありました。別にその仕事を強く望んだわけでもないのに。

         

         

         

        まあ、ちょっと気になる点といえば、このくらいですかね。だから、自分が登場しない仮想現実の空想は本人に何の影響も与えない!とまでは断言できない気もするし、かといってこれが思考のパワーだ!というほどでもない微妙さ。

         

         

         

        一つ言えるのは、何の執着も無く、「叶わなかったらどうしよう」という不安感が全く無く、それでいて夢中になるような空想は、エーテル世界での具現化力が高い。そしてそれが、投影した本人の今生の環境的条件を満たしていた場合には、現実に反映されることもあるのかもしれません。

         

         

        ***

         

         

        教訓:

        どうせ思い描くならば、自分を主人公にした空想をしたほうがいいでしょう。

        傍観者の空想をしていたら、現実もやっぱり傍観者。(´∀` )ハハハ...

         

         

         

         

         


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        せめて自分が主人公の空想を

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          昔から、私が体外離脱でよく行った領域はエーテル界なのですが、このエーテル界ってね、つまんないです。つまんないのだけど、エーテル界で見たもの、存在していたものが、現実世界でいつの間にか反映されていた・・・という経験をする領域でもあったのですね。

           

           

           

          もう、長い時間をかけてこの仕組みが見えてくると、ダスカロスが言うところの「思考的欲望」というやつで、意図的に人生に有益なエレメンタルをがんがん作らなければ損だ!と思うようになりました。

           

           

           

          が・・それにしてもね、そういう損得で考えた時、これまでの自分のゴミのような思考の数々に思いを馳せてしまうわけです。

           

           

           

          例えば、私がやっていたような「物語」をつくることによって、人物キャラクターを非物質領域で具現化させてしまうほどの空想癖って、どうなのでしょう。

           

           

           

          もしこのタイプの空想を、小説、漫画、同人誌などの創作活動で還元している場合は、ちゃんと実りある行為なのですが、そうでない場合は、ホント、単なる思考エネルギーの浪費に過ぎません。もちろん、悩んだり恨んだりするよりは、空想でもして楽しく現実逃避したほうが遥かに有益なのですけど。

           

           

           

          ***

           

           

           

          この思考エネルギーの浪費っぷりに関しては私は凄いですよ。なんてったって、子供の頃から頭の中でよく、映画のストーリーを一本完成させていましたからね。もう自分でつくった脳内映画の感動巨編に涙する有様です。アホかと。今となっては、くだらない自分に涙します。

           

           

           

          これは映画監督とかプロデューサーがするような類の空想なのですが、かといって、私自身、映画をつくりたいとか映画監督になりたいというわけでもなく、この衝動がどこからくるのかサッパリわかりません。

           

           

           

          そんな無駄としかいい様がない生産性ゼロの空想ですが、向こうの世界で、自分が空想してきた登場人物が幽霊のごとく動き回っているのを見たときは感心すると同時に呆れました。思考のパワーって凄いなって。いや、連中と会話してもつまんないけどね。

           

           

           

          まったく、あれほどの情熱でもっと自分の理想の人生を思い描いておけばよかった。

           

           

           

          今のところ、こういう"自分が主人公ではない" 類の空想は無駄でしかないと思ってはいるものの、これが100%人生に影響を及ぼすことは無いと言い切っていいのかはわかりません。これまで幾つか気がかりな経験があったから。

           

           

          (つづく)

           

          せめて自分が主人公の空想を

           

           

           

           


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          自己の投影としての偽ガイド

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            (前回からの続き)

             

             

            とにかくそんなわけで、自分が無意識に生み出してしまった生霊的な「ガイド」であっても、そのくらいにハイレベルなのです。

             

             

             

            彼らは、ヘミシンク界でいわれるところの「リトリーバルで解放する必要性をもった自分」のような類でもありませんでした。そーいうものだったらまだ面白かったのに、つくづく役に立たない連中です。

             

             

             

            まあ、「自身の潜在意識の探求」というセラピー的な視点で捉えるならば、意味はあるのですが、それにしても紛らわしい。もしも、あの出来事が体外離脱ではなく、「ビジョンを見た」だけの体験だったとしたら、私はアレが自分の分身だとはわからずに暫くはガイドと勘違いしていたかもしれません。

             

             

             

            そして、「最初は妄想でもそれが呼び水となって・・」というメソッドで脳内会話を始めてしまった日にゃー、これまたややこしいことになる気がしてなりません。(・∀・;)

             

             

             

            というのは、あの手の自己の分身エネルギーは、ガイドだという信念を持って脳内会話を繰り返していると、まるで「生命」を与えられたかのように存続していく可能性があるから。その理屈は、私が空想でつくり上げたキャラクター人物が、非物質領域では霊のように動き回るようになっていたのと一緒。

             

             

             

            こうして、自身の生霊に過ぎないモノたちと脳内妄想を繰り広げていくという、全くおめでてーなとしか言いようがない状態になることもあり得ます。でもまあ普通は、自己対話に過ぎない妄想は所詮、つまらないからすぐ飽きちゃうんですけどね。

             

             

            ***

             

             

            ところで、私の好きなダスカロスは、自分自身が生み出している想念エネルギーのことを「エレメンタル」と言っていました。

             

             

             

            私の前に現れた美形外人ガイドたちが、単なるエレメンタルだったと結論づけていいのものかどうかはわからないのだけど、エレメンタルというものについて深く考えさせられた出来事ではありました。

             

             

             

            エレメンタルに関しての解説を『メッセンジャー』から抜粋してみます。

             

             

             

             

             

            ------------『メッセンジャーストロヴォロスの賢者への道』から

             

             

             

            ダスカロスの講義はエレメンタルについてであった。
            まず最初に、彼は前回の集まりで議論した内容をまとめた。

            これは彼の教育方針で、以前教えた内容をみんなが完全に消化できるまで繰り返し教えているのである。

             

            「エレメンタルは他の生き物と同様に自分自身の生命を持っていて、
            それはそのエレメンタルを投影した人間と独立した存在である。
            どのような思考や感情でも、個人が投影したものはエレメンタルである」

             

            それから彼は、エレメンタルにも二種類のものがあると説明した。

            潜在意識によってつくられたもの、これは欲望的思考と呼ばれる。
            そして意識的につくられたもの、これは思考的欲望という。

             

            個人は思考や感情を通して波動することができる、と彼は続けた。

            どのように人が波動をするかということは、
            彼が創造するエレメンタルの種類と質を決定する。

             

            主に感情によって波動をすると、彼は感情や欲望の影響の下にあり、思考や二次的な役しかない。
            これは欲望的思考のエレメンタルである。

            もし個人が思考の影響下にあると、彼はノエティック体のエレメンタルをつくり、
            視覚的イメージの力を操れる師になる。

             

            真理の探求者は、欲望と感情が自分を助けてくれる役割を持つような
            強くて良いエレメンタルを、強い思考を通して創造する訓練をするべきである。

            このような思考的欲望のエレメンタルのほうが長く持ち、そして力もより強く、
            目的の仕事をずっと早くこなすことができるのである。

             

            欲望的思考のエレメンタルは、思考や欲望の性質を理解していない普通の人の特徴である。
            結果として、自分のつくったエレメンタルの餌食になってしまうことが結構ある。

             

            人が外に投影したエレメンタルが、

            いずれそれをつくった人間の潜在意識に戻って来るというのは、自然の法である。

             

            そうして、記憶の中から意識の表面に上がって来て、新たなエネルギーを吸い込んだら再び沈んで行く。

            人間の潜在意識にもっと長くいられるまで、同じサイクルが繰り返される。
            それから、人のエーテル・ダブルからエネルギーを吸収して、生命を持続させる。

            こうやって、タバコ、賭けごと、アルコールの依存症や習慣が形成されていくのである。

             

            根源に帰るというエレメンタルの傾向が、カルマの法則を可能としている。

            人は、自分自身が意識的に、あるいは潜在意識的につくり上げたエレメンタルに向き合うことになる。

             

            ダスカロスとの話の中で、とくに強い欲望から生まれたエレメンタルは

            その人間が一番それを望まない時に戻ることがある、ということを聞いた。

             

            ダスカロスは、自分の過去世の中でルネサンスの時代、イタリア人だったことがあった、と言った。

            その時、彼は印刷機を発明するという考えに熱中していた。

            この執着の結果として、現世では政府の印刷局でライノタイピストとして働くことになったという。

             

            ダスカロスの説によると、私たちの今の性格や周囲の状況は、
            私たちがこの三次元に降りて来て輪廻のサイクルを始めた時以来

            つくってきた数々のエレメンタルの総合的な結果なのだという。

             

            エレメンタルを形づくっているものは、人格や宇宙一般をつくっている内容と同じで、
            それはノエティック体、サイキック界、物質界のエーテル体である。

             

             

            ------------


             


            このエレメンタルね。向こうの世界で具現化されたものは、どうも現実世界と自分自身に影響を及ぼすようになるみたいなんだな。エレメンタルは願望実現に使える一方で、無自覚で放出し続けてきた悪いエレメンタルが自分自身に返ってきて酷い目にあったりもする。

             

             

            私、体外離脱をする中で、こういう仕組みをじわりじわりと理解するようになると、「思考と感情エネルギーはお金だ!」と思うまでになりました。

             

             

            まったく、子供やじーさんばーさんを具現化してる場合じゃなかったのに、今まで私は一体何をやっていたんだろう。

             

             

             



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            自己の投影としての偽ガイド

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              (前回からの続き)

               

               

               

              非物質世界に具現化してしまう、自分の分身エネルギー磁気に過ぎないもののパターンはどうやら二種類あるようです。

               

               

               

              一つは、自分で意識的に想像してつくったものと、二つ目は、全く無意識のうちに潜在意識がつくり出してしまったもの。

               

               

               

              一つ目に関しては前回お話したようなことなのですが、やっかいなのが二つ目です。自分では全く気づかないうちに潜在意識が、いっぱしの「霊」に見えるようなエネルギー体をつくり出してしまうことがあるようで・・・生霊なんてのはまさしくその代表例ですね。

               

               

               

              生霊が本人の姿を転写していればまだわかりやすいのですが、それが、恨みや憎しみなどの負の感情エネルギーとなると、ヘビや大蛇の形を取る場合もあるらしいです。私は見たことないけれど。

               

               

               

              こういう生霊と同じ範疇に入る、「潜在意識が勝手につくり出した自分の分身エネルギー磁気」の形態の中でも、私が最も驚いたのは、体外離脱時にそれらが「ガイド」として登場してきたことです。いやー、紛らわしいったらありゃしない。

               

               

               

              そう、あるんですよ。自分の生霊・分身に過ぎないような類のものなのに、あたかも颯爽と「ガイド」として登場してくることが!(・∀・;)これ、ダスカロスがいうところの、潜在意識下にある願望がエレメンタルとして現れた、とでも解釈すればいいのかなあ・・・。

               

               

               

              ***

               

               

               

              以前の私は、体外離脱で向こうの世界をあちこちと徘徊していながらも、なぜか自分のガイドには会ったことがありませんでした。

               

               

               

              肉体から抜けると、常に私の後ろには透明人間がいて、その存在が色んな場所へ連れて行ってくれたので、問題がないといえば問題なかったのですが、けっしてその透明人間と話ができるわけじゃなかったので不満は募る一方。

               

               

               

              「後ろの透明人間がガイドなんじゃ?」とは思ったのですが、もう徹底して頑なに無言を貫いている存在なのでね、リアルの状態とそう変わらないのです。

               

               

               

              ヘミシンクで一年中ガイドと対話している人たちと比較しては、「私もガイドと話がしたい!どうして私はガイドと会うことができないんだろう??」と思い続けていました。自分の人生に関する疑問を問いただしたかった。

               

               

               

              そんな感情がやけに強かった時期に体外離脱をして、「ガイドと会う!」というアファメーションをすると・・・あらま、出てきた、出てきた・・・森の中から、1,2,3,4,5,6、、、10人近く登場してきました。どういうわけか全員がコーカソイド系の人種で。

               

               

               

              しかも、この人たちはその一人一人がもの凄い美形だったのです。それは、全盛期のブラッド・ピットとか、ジョニー・デップよりも確実に上だ!と思えるくらいのレベルでね。(あくまで当社比)

               

               

              ***

               

               

              ガイドがこれってねぇ、もうこの時点でおかしいのですが、案の定、喋ってみると前回お話したような、"自分の想像がつくり出した分身エネルギー体" と同質の特徴を持っていました。

               

               

               

              なので彼らと対面すると直ぐに、自分の分身と向き合った時のあの「つまんねー状態」に陥ったわけですが、やっぱり、それでも感心してしまったのがその外見。

               

               

               

              空想上の人物であれば容貌も自分が意識的に創り出したものなので、見た瞬間にわかるのですが、この連中は違う。このガイドとして現れた存在たちの顔は全員、一人ひとりが私が生きている間に本当に一度も見たことがない顔で、現実世界でも実在する人物はいないのです。

               

               

               

              そこが不思議で、彼らをそれはじっくり眺めまわし、いじってみたのですが、やっぱりこの存在たちが私自身の分身エネルギー体であることは間違いないものでした。なぜそれがわかるかと聞かれても、犬の嗅覚と同様に説明しようがないのですが。

               

               

               

              そもそも、私は自分のガイド・守護霊に見た目のいい外人男などまったく求めていません。むしろ、貫禄のある老人か、優しい女性が一番の理想。でもまあ、今にして思えば、当時の私の状態を警告するメッセージ性を持った出来事ではあったんだな。

               

               

               

              その意味は、外見ばかりに意識を向ける傾向がある私自身の反映と、いくら外見が魅力的でも、自分のためにならないアストラル界の存在たちには要注意〜なんですけど。

               

               

               

              ***

               

               

               

              っていうかね、そんなメッセージ性はどうでもよく、とにかく自分の潜在意識が勝手にあんな高度な美形を生み出してしまったことにビックリですよ。

               

               

               

              例えば、ファイナルファンタジーに登場する、うざったいまでのイケメンキャラってあるじゃないですか。あれは、モデルとなっている実在の芸能人が垣間見えるような人工的なものを感じさせるのですが(角度によってコロコロ顔も変わるし)、私自身の投影に過ぎなかった分身ガイドたちは、そういう作り物感が一切無かったんですよねぇ。とにかく良く出来てた。

               

               

               

              で・・ここで私が言いたいのは、無意識に生み出したエネルギー体であっても、そのくらいにハイレベルだということです。(・ω・)

               

               

               

              その後、この自己の投影であるエレメンタル的なガイド以外にも、「ガイド」の役割として登場してきた存在はいました。だいたい、5・6人くらいかなあ。

               

               

               

              でも、それらと、今の私が「守護霊」と認識している存在とは、完全に別枠で捉えているんですよね。

               

               

               

              (つづく)

               

               

              自分の想像がつくりあげた存在と会う

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