伊勢白山道さんについて〜先祖供養問題

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    (前回からの続き)

     

     

     

    さあて、伊勢白山道といえば、先祖供養ですよ。線香3本使うやつ。私はこれ、例え実験であっても、やる気になれませんでした。「先祖霊の影響」という概念自体が、どうも古臭いものに思えてしまって。

     

     

     

    そもそもね、「日々、先祖に感謝しながら先祖供養をしていると、供養者の霊線パイプが浄化されていく」なんてことを言っているのは、リーマンさんぐらいなので、こんな本当かどうかもわからないことを実行するには、やっぱり匿名のリーマンさん個人を信頼できるかどうかで揺れてしまうわけです。

     

     

     

    そりゃあ、伊勢式・先祖供養をすることによって起きてくるらしい素晴らしい効果を知ると物凄くテンション上がるのですが、一度は続けても、そのうち信じられなくなったり、「先祖供養は危険だ」というような意見を読めば、不安になって止める人もいるのではないでしょうか?

     

     

     

    私は、ずっと興味が無かったのでよく知らなかったのですが、最近になって、この先祖供養の主旨を把握したら、幸福に繋がる仕組みとしては、ナルホドと理解できるものがありました。

     

     

     

    その一方でやっぱり、ポイントを外すと残念な結果にしかならないとも思うので、これは、誰であっても効果を感じるような簡単なものではない気がしてなりません〜。

     

     

     

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    あの〜、私が向こうの世界で教えて貰ったことの中に、「人が放った想念・感情・思考エネルギーは、やがては本人に返り、現実世界において何らかの形で影響を与え、現象化する」というものがあるのですね。

     

     

     

    どうも人間は地上で、自分の言葉や行動だけではなく、日々蓄積されていく大量の思考に対しても責任を取る・・・そんな機械的な仕組みがあるらしいのです。

     

     

     

    こういう話を、私の指導霊らしき女性から説教のように聞かされて、気に食わなかった私は、机をバンバン叩きながら暴言を吐いて反抗し、肉体に追い返されたのですが、最終的には、この法則の存在を受け入れました。未だに謎は多いけど。

     

     

     

    結論から言うと、この法則下において、人が幸せになったり、願いを叶えるために最も効果が高く効率の良いエレメンタル(想念・感情・思考エネルギー)は何か??といったら、それは感謝なんですよ。感謝。

     

     

     

    ある人が、何らかの理由で感謝のエレメンタルを大量放出すると、どういう時間差で返るのかは不明ですが、やがては同じように感謝を感じられる何らかのモノとなって、本人の現実に現象化するようなのです。

     

     

     

    例えそれが、勘違いからくるぬか喜びの感謝心であったとしても、本心から放出した感謝のエレメンタルは有効で、重要なのは、思いの程度が強いのか弱いのか、どれ程の間、持続され、蓄積されたのかどうか。

     

     

     

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    私は、今までスピ本で、「感謝することが如何に良い影響をもたらすか」という類の話は読んで知っていましたが、この理屈を信じて実践する気には、とてもじゃないけどなれませんでした。なーんか、どうしても信じることが出来ないの。仮に、ちょっと試したところで、アホらしくなるのが常です。

     

     

     

    ところが、こういう法則の存在を、自分の経験で確信してからは、もうこの道具を使わない手はありません。放った感謝のエレメンタルが、必ず、何らかの形で自分自身に返ってきて、良い効果をもたらすことだけはわかったので。

     

     

     

    例え、現実に目に見えてこなくても、必ず水面下で何らかの作用があるようなので、も〜、以前のように滅多にめげることはなくなりました。今では毎日が、感謝のネタ探しです。

     

     

     

    ・・・ハイ、そこで先祖供養の話ですよ。伊勢白山道式・先祖供養では、毎日、線香3本を立て、先祖霊への感謝を感じつつ、「生かして頂いて有難うございます」と心の中で思うことで、先祖霊を供養していくというもの。

     

     

     

    私は、リーマンさんが言うように、迷える霊が、子孫の3本線香と感謝のエネルギーで上の世界へ昇っていった現場を、幽界で目撃したわけではないので、この点については本当かどうか全くわかりません。

     

     

     

    でも仮にこの説が間違いだったとしても、前述の私が知った法則からすると、自分のご先祖様に心からの感謝を感じることは、単に空間に感謝のエレメンタルを放っていくだけの行為なので、いずれはそれが自分に返り、現実に良い影響をもたらすことになります。

     

     

     

    だから、先祖供養は、本気で先祖に感謝の気持ちを感じることができている場合に限って、本人の幸福のために有効に作用すると私は思っています。あくまで私自身の根拠に基づく考えでしかないのですが〜。

     

     


    線香3本供えるとか、「生かして頂いてありがとうございます」の言葉は、私としてはどうでもよくて、とにかく、本当に感謝の気持ちを感じているかどうか、重要なのはソコ。これがもし、先祖に感謝の気持ちが感じられないのならば、やらないほうがいいってことになるのです。

     

     

     

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    というのは・・・例えば、すごく苦しい状況にある人が、伊勢白山道式・先祖供養の素敵な効果を知って、「これだ!」と思い、先祖供養を始めたとしますよね。

     

     

     

    その時、先祖に感謝の気持ちを感じていないのに、先祖供養の効果を願って淡々と実行していったとしても、その人は無意識下で、先祖供養に対して、「これで、なんとかならないかなぁ」「人生が好転して欲しい」という、期待のエレメンタルを放出している可能性がある。

     

     

     

    この「なんとかして欲しい」という期待のエレメンタルを、毎日毎日、淡々と放出していくのは、どうも逆効果のような気がするのですよ。こんな、どうにかしてくれ的なモノが、いずれ自分に戻ってきたところで、起きてくるのは、"すがる様な思念"が現象化した状況でしかないのだから。

     

     

     

    でも、それを言われても無理がありますよね??人間、どうしても最初に、「先祖供養の素晴らしい効果」を聞かされたら、効果を期待しないのは難しいもの。それから、自分の先祖に心からの感謝って、どうしても出来ない人もいるでしょう。


     

     

    あと、先祖供養をして、仮に、自分の状況が悪化した場合、実際は先祖供養とは何の関連性が無くても、原因は先祖供養にあるのかも・・・とか思っちゃうわけですよ。先祖供養に限らず、言霊の「あじまりかん」の浄化作用でも同様で、自分が何か変わった霊的なモノに手を出した時に陥ってしまう心理です。こんな風に不安を感じたら、意味がなくなってしまう。

     

     

     

    私としては、こういう考えがあるので、「先祖供養はお薦め!」とも、「先祖供養はやめたほうが・・」とも言えない、何とも、どっちつかずの感じです。人によっては、かなりの効果がありそうなのだけど、それをクリアするにはハードルが高い。

     

     

     

    ただ、一つ私の中でわかっていることは、感謝のエレメンタルを淡々と日々、放出していくことは、人生に何らかの良い結果をもたらしている、ということなのです。だから、これだけは確実に実践していきます。

     

     

     

    例え、ぜ〜んぜん、上手くいかないように思える時もあったとしてもね。

     

     

     

     

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    私自身は、たまに、ご先祖様を思い出して感謝をするくらいにして、

    伊勢式先祖供養はやらないでおこうと思う。

     

     

    【補足】先祖霊への感謝と霊線の関係

    http://romansulove.jugem.jp/?eid=92

     

     

     


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