わくわくハッピー☆引き寄せの法則的な生き方

0

     

     

     

     

    (前回のつづき)

     

     


    いや、ワクワクと自分の情熱に従って生きて、願望実現をしていく生き方それ自体は全然いいんですよ。私もこれは人生哲学の一つとして常に意識の中にありますし。

     

     

     

    ところがこの生き方、一見スピリチュアルなつもりでも、気がつくと自分のことだけを考え、心の美しさや、「他人に与えること」という側面は、あまり重要視しない人間になっていることがあーる。私は、人生の幸福絶頂期にまさしく、そういう人間になっていました。

     

     

     

    あの頃、沢山の願いがイメージするまでもなく叶っていくし、毎日が楽しくて楽しくて、次の日が待ち遠しくて眠れない日もあったくらい。常に根拠なき無敵感に溢れ、正直、私、調子こいてました。

     

     

     

    そんな幸福そのものだった私に、不幸の第一段階である「逆・引き寄せ」が盛大に発動するとは思いもよらなかった。それは私が、熱心に引き寄せテクニックを使ってイメージングしていたもので、なぜか願望とは超間逆の悲惨な結果になったのです。

     

     

     

    思えばこの時の逆・引き寄せ事件が、不幸のシーズン1第一章〜。結局、こいつが引き金となって、その後、人生崩壊級の大惨事に発展するのですわ。まったく、いい気分でワクワク楽しく生きてりゃーいいってもんじゃない。

     

     

     

    その後の私が引き寄せの法則アンチになったたのは言うまでもありません。

     

     

     

    ***

     

     

     

    当たり前のことですが、「わくわくハッピー」状態で生きて願いをバンバン叶えているからといって、本人の霊性が高いとかではないです。私の場合、何不自由ない恵まれた環境にいたおかげで、やりたいことが好きなように出来ていただけ。

     

     

     

    子供は毎日ワクワク楽しく生きて振動数の高い生き物といえますが、あれは別に霊的に進化・成熟しているとか、そういうことじゃないですからね。

     

     

     

    冷静に過去の自分を振り返ると、あの頃の私は、身近な人に対する思いやりの気持ちに欠けた、本当に未熟な人間でした。もう子供と一緒。

     

     

     

    当時、もし私に、現実的な最善を尽くす賢さがあり、現状の自分に満足して感謝できるだけの謙虚さがあり、心の美しさを磨こうとする姿勢があり、身近な人たちを思いやる大切さに気づくほど成熟していたならば、一連の不幸は全く違った結果になっていたと思います。

     

     

     

     

    なぜそう思うかって、、うーん、守護霊たちから聞いた話をヒントに、過去の出来事を一つ一つ分析していくと、どうしてもそういう結論になるのですよ。しかし、こういう一見、地味〜な精神論は、わくわくハッピー引き寄せの法則的な哲学では気づきにくいんだな。

     

     

     

    私ときたらもう、幻想ってくらいに「人間の無限の可能性」とやらを信じて、夢と願望を巨大化させてましたからね。現状だけで十分すぎるほど恵まれていたのに、「もっと!もっと!」の無いものねだり状態。

     

     

     

    そこには、根底に他人よりも優位に立ちたいという気持ちがあった。そう、これが一番いけなかった。

     

     

     

    ***

     

     

     

    あの〜、次のことは昔から宗教界・精神世界で言われ続けてきたことなので、もう耳タコすぎて、逆に「あっそ」と軽視しがちになるのですが、、

     

     

     

    どうも人間というのは、あの世から「強く優しく美しい心」の持ち主になるように、自己を成長させていくことが求められていて、人がこの本来の目的から外れていくと、どこかで、しくじるようになっているようなのです。

     

     

     

    人の人生で起こる一見、理不尽極まりない苦しみも、この目的が根幹にあってこそ。宇宙的な視点から、「善も悪もない」「カルマなんてない」と信じて他人の非に寛容な姿勢でいるのはいいのだけど、自分自身がこの目的から外れた行動・生き方をすると、いずれはブーメランでしくじる。

     

     

     

    今生でなんとか乗り切っても、あの世で後悔するのか、来世なのか、どの時点で気づかされるのはわからないのですが。でも、この手の仕組みが確固たる証拠と共に世に示されることは、絶対ないでしょうね。もう自分の中にある神と繋がる以外には。

     

     

     

     

    だから世界中の誰もが、真理が隠されているこの地上で、目隠しされたように生きながらも、自分の良心に従って「答え」を見つけださなきゃいけない。

     

     

     

     

    ・・・と、向こうの世界を垣間見るうちに、こう思うようになりました。私がドヤ顔で言ったところで、説得力ゼロですけどね。とにかく、ネタバレ厳禁ルールで魂を磨いていくこの世界で、2番的な生き方はしくじり率が高いと私は思うわけです。はい。(´∀` ;)

     

     

     

     

    ------------------------------------------------------

    起きた不幸事件について詳しく書きたいところだけど

    訴訟問題のグダグダで、ネット上でも書くとマズイんだな、今のところ。

     

     

     

     

     

     

     


    人気ブログランキング

     

     

     

     

     

     



    お薦め記事

    最新の記事

    カテゴリー

    月別アーカイブ

    検索

    その他

    モバイル

    qrcode
    無料ブログ作成サービス JUGEM