せめて自分が主人公の空想を

0

     

     

     

     

    昔から、私が体外離脱でよく行った領域はエーテル界なのですが、このエーテル界ってね、つまんないです。つまんないのだけど、エーテル界で見たもの、存在していたものが、現実世界でいつの間にか反映されていた・・・という経験をする領域でもあったのですね。

     

     

     

    もう、長い時間をかけてこの仕組みが見えてくると、ダスカロスが言うところの「思考的欲望」というやつで、意図的に人生に有益なエレメンタルをがんがん作らなければ損だ!と思うようになりました。

     

     

     

    が・・それにしてもね、そういう損得で考えた時、これまでの自分のゴミのような思考の数々に思いを馳せてしまうわけです。

     

     

     

    例えば、私がやっていたような「物語」をつくることによって、人物キャラクターを非物質領域で具現化させてしまうほどの空想癖って、どうなのでしょう。

     

     

     

    もしこのタイプの空想を、小説、漫画、同人誌などの創作活動で還元している場合は、ちゃんと実りある行為なのですが、そうでない場合は、ホント、単なる思考エネルギーの浪費に過ぎません。もちろん、悩んだり恨んだりするよりは、空想でもして楽しく現実逃避したほうが遥かに有益なのですけど。

     

     

     

    ***

     

     

     

    この思考エネルギーの浪費っぷりに関しては私は凄いですよ。なんてったって、子供の頃から頭の中でよく、映画のストーリーを一本完成させていましたからね。もう自分でつくった脳内映画の感動巨編に涙する有様です。アホかと。今となっては、くだらない自分に涙します。

     

     

     

    これは映画監督とかプロデューサーがするような類の空想なのですが、かといって、私自身、映画をつくりたいとか映画監督になりたいというわけでもなく、この衝動がどこからくるのかサッパリわかりません。

     

     

     

    そんな無駄としかいい様がない生産性ゼロの空想ですが、向こうの世界で、自分が空想してきた登場人物が幽霊のごとく動き回っているのを見たときは感心すると同時に呆れました。思考のパワーって凄いなって。いや、連中と会話してもつまんないけどね。

     

     

     

    まったく、あれほどの情熱でもっと自分の理想の人生を思い描いておけばよかった。

     

     

     

    今のところ、こういう"自分が主人公ではない" 類の空想は無駄でしかないと思ってはいるものの、これが100%人生に影響を及ぼすことは無いと言い切っていいのかはわかりません。これまで幾つか気がかりな経験があったから。

     

     

    (つづく)

     

    せめて自分が主人公の空想を

     

     

     

     


    人気ブログランキング

     

     

     

     

     

     



    お薦め記事

    最新の記事

    カテゴリー

    月別アーカイブ

    検索

    その他

    モバイル

    qrcode
    無料ブログ作成サービス JUGEM