弁護士が感じた神の天罰

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    えーと、唐突なのですが、実は私は現在、ちょっとした裁判沙汰に巻き込まれています。いや、もう私にとって良い感じで解決しそうな状況ではあるのですが〜・・・あ、某松居さんみたいな、あの手のイザコザではありません。

     

     

    っていうかあれですね、他人様の訴訟問題というのは、傍目から眺めている分には面白いけど、外野から見て、どっちの主張が本当なんだかわからないじゃないですか。仕舞いにはどっちもどっち感が漂ってくるし、互いが都合よく歪んだモノの見方をしてそうだしさ。

     

     

    でも自分自身が当事者になって味わったのは、加害者を守る弁護士という存在の罪深さというかハンパない不快さなんです。

     

     

    この件では、私の人生にとてつもないダメージを与えた危害をしらばっくれる相手には当然、悔しかったけど、それは最初からわかっていたことなので別に意外なことではなかった。もう、それよりも人間性を疑ったのが相手側の弁護士です。

     

     

    まあ、お金払ってくれるクライアント様の最大限の利益を図るのが弁護士の仕事なので、出来事の真実とか正義とか善悪とか、自分の依頼主は悪党だとか、そんなこたー関係ねー、白いものを黒と言いくるめるのが優秀な弁護士の証明だぜ!とでも思ってるような彼らの仕事ぶりには脱帽ですわ。

     

     

     

    そんなことで、ちょっと前までは、この件でイライラと憤っていたわけなのですが、そんな時、たまたま本の中に掲載されていた弁護士さんの記事を読んで、私はものすごーく、心が救われました。

     

     

     

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    長野県のフリーペーパー「月刊かみいな」に掲載された弁護士・長谷川洋二先生の記事より

     


    「私は無神論者で無宗教で何の思想もない。
    が、弁護士を続け他の人生を眺めているうちに、神は存在し天罰は下ると確信した。
    神は法律で裁けない悪行を確実に裁き、天罰を落とすのだ。これは恐い。

    なぜなら、法の罰は罰金とか懲役など受ける罰が事前に決まっているが、天罰はいろいろと形を変えるからだ。


    今から22年ほど前、私は飲み屋でケンカし包丁で相手方を刺し殺した男の弁護をした。
    彼は私に、殺意はあったが、なかったことで弁護してほしいと依頼した。
    悩みつつも私は殺意を否定し殺人罪は成立しないと法廷で戦った。
    なんと裁判 所は私の主張を認め殺人罪ではなく障害致死罪で懲役6年だけの刑に処した。
    殺すつもりで殺したのに殺人罪にはならなかったのだ。
    弁護士としては勝利したが、人として後味の悪い勝利だった。
    かくして、彼は6年も経たないうちに出所した。
    が、恐るべし、7ヵ月後、肺ガンでゴミのように死んだ。
    私にもその頃、不幸があった。天罰が落ちたと思った。


    また、ある組織に数十億の不正融資の問題があった。
    関与した3人は数年はその金で贅沢三昧をしていたが、やがて1人は失明し、
    1人は喉頭ガンで声を失い、1人は社会的地位を失った。
    彼らの行為は法的には裁かれなかったが、神が裁いた。


    妻が妊娠中に彼女を作り、その彼女にも妊娠させた男がいた。
    彼は妻には出産を、彼女には中絶を強いた。
    彼女は不倫関係故に彼には何の請求をもできなかった。
    請求すれば彼の妻から逆請求されるからだ。
    まもなく、彼は、プレス機で両手をつぶされ、生まれた赤ちゃんを両手で抱けなくなった。


    こんな事例がいくつもある。
    悪事をしたものが法律で裁かれるのは、その者にとって安心できる裁かれ方だ。
    なぜなら、裁かれ方が法律で決められているからである。
    しかし、神は違う。
    天罰はいろいろな形で悪人を苦しめ、時には命を奪う。神は万能なのだ。


    「天網恢恢、疎にして漏らさず」とは、

    神はどんな悪事も見逃さない網を張っているという格言だが、私はこの言葉を信ずる。
    金で買えないものは無いと断 言した傲慢な経営者は実刑判決を受けたが、
    彼は法律の裁きを受けただけでも想定の範囲の処罰で助かったというべきである。
    仮に法律の裁きを免れたなら、彼の身に天罰が落ちたであろう。


    最後に、神がいるということは逆にいうと、
    真面目にコツコツ誠実に思いやりを持って生きている人には幸運が保障されるということだ。
    神はそれぞれの生き方に応じて、天罰と天恵を選択して与えてくれるのである。
    愛、幸福、微笑み、自然、心の安らぎ、これら生きていく上で一番大切なものはすべて金で買えないのだ。
    神が誠実で優しい貴方にそっと与えてくれるのだ。
    悪人には天罰を下すようにね!」

     

     

     

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    >彼は私に、殺意はあったが、なかったことで弁護してほしいと依頼した。
    >悩みつつも私は殺意を否定し殺人罪は成立しないと法廷で戦った。

     

     

    いくらなんでも、だめでしょうこれは(−_−)

     

    一体なんのための戦いなんだ。

     

     

     

     

    ・・・と最初は思わずにはいられませんでしたが・・・ま、まあいいってことよ(汗)弁護士が依頼人のために、こういうことを平気でするのだと私も見せ付けられたから何ら不思議ではありませぬ。この弁護士さんの正直な過去の告白とその過程で悟った人生観には救われる思いです。

     

     

    人間ね、なかなかこうは正直に話せないもの。おかげで、オラ元気が出てきたぞ!!ヽ(`・ω・´)ノ

     

     

    実際は、他人に有害なことをしながら法で裁けない類の連中が、死ぬまでぬくぬく生きた例は沢山あるとは思うのですが〜でもそういうのもね、これからの時代は本当に難しいんじゃないか??と個人的には思っています。

     


    これまでも今後も、私自身はこの件では戦う気ゼロなのですが、出来事の事実は事実として主張したいだけなので、言うべきことを言ったら結果はもうどうでもいいや、という気でいます。

     

     

    だって自分の心の平和と幸せが一番重要だから〜〜〜。

     

     

     

     

     

     


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