アニータ・ムアジャーニの末期癌治癒と臨死体験

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今じゃすっかり、その筋の人たちには有名なアニータ・ムアジャーニさんの臨死体験のお話です。


「臨死体験は脳内現象か否か?」なんてことを、ぎゃいぎゃい言う以前に彼女の奇跡的治癒がすごいのであります。ぎゃいぎゃい言ってるのは私なんですけどね。


このアニータさん、レモン大の癌が、首、脇の下、胸、腹部までのすべてのリンパ系組織に広がって、脳や肺も液体でいっぱい、皮膚病変(潰瘍)もあり、昏睡状態に陥りました。医者は「臓器が機能していないので36時間持たない」と考えていたようです。しかし、アニータさんはこの次の日には意識を取り戻し、周囲の者に「もう自分は大丈夫だ」と告げます。事実、3日後には顔や首の悪性リンパ腫の腫れは殆どひいて(70%縮小)、皮膚の潰瘍も自然治癒し、25日後の検査の際には、癌の痕跡が完全に消えていたそうです。


一体どうして、こんな劇的な治癒が起きたのでしょうか?前日までは内臓機能が停止していたというのに。


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アニータさんが言うには、昏睡状態に陥った時に臨死体験をして、「無限の宇宙と溶け合い、自分が素晴らしい存在であることを思い出した」のだそうです。そして、あちらの次元で生か死かの選択をするとき、「もし身体に戻る選択をすれば、病気は急速に治癒する」のがわかったのだとか。それも、何週間や何ヶ月かけてとかではなく、わずか2・3日のうちに。


奇跡的治癒の話というのは自己申告が殆どなんで、どーにもピンとこないのですが、これに関しては、アニータさんの話を裏付ける病院の記録が調査されているので事実なんでしょう。


このケースに興味を持ったピーター・コーという医師が、香港まで行って、彼女が臨死体験をした病院を訪ね、診療記録を調べたそうだから。


というわけで、コー医師が病院の記録を調査して世界中の癌研究所に送ったという報告書の一部が本に記載されていたので、抜粋します。ま〜、臨床記録など多くの人はつまらないかもしれませんが、このブログ的に最も重要なのはここなんで。(・ω・)ノ



 



(以下、コー医師の記述)

私にとって、この出会いは、驚嘆すべき出来事でした。先日香港を訪れたのは、彼女の病歴を綿密に調査し、彼女の主張が立証できるかどうかを確かめるためでした。事実にもとづいた詳細に納得し、私は彼女の貴重な体験にますます興味を抱くようになりました。彼女が持ち帰ったメッセージには特に興味を持っています。臨床記録は、一般の読者にとって少々退屈かもしれませんが、参考資料にしていただきたいと思います。これを読めば、アニータがいかに深刻な病状から劇的回復を遂げたのか、十分に理解できるでしょう。いくつかの個人的見解を加えましたが、それがアニータの話のしっかりした裏づけになるよう願っています。




1.アニータの病状の経過

2002年の春、彼女は、左鎖骨上部に固い腫れものがあるのに気づいた。
明らかに、これは彼女の主治医にとって警戒すべきサインだった。
その年の4月、生体組織検査によって、ホジキンリンパ腫(悪性リンパ腫の一種)で、
「ステージ僑繊塀藉から中期/自覚症状なし)」と診断された。

従来の治療法は気が進まなかったため、彼女はさまざまな代替療法を試みた。
その後の2年半で病気はゆっくりと進行し、2005年には健康状態が損なわれ、
癌は他のリンパ節へと広がり、大きくなっていった。
この頃には、寝汗、微熱、皮膚のかゆみのような、"B症状"と我々が呼ぶものが現れてくる。

さらに、両肺に胸水がたまり、呼吸困難になったので、
その年には数回にわたって胸水を抜く処置が行われた。
同年のクリスマスまでに、彼女の病状は進行し、下降線をたどり続けた。
彼女の首と胸壁の癌は皮膚にも浸潤し、感染性皮膚潰瘍を引き起こした。
栄養摂取もできず、体重減少、疲労感、筋力の低下、そして腎機能の低下が起こり始めた。

2006年2月2日の朝、彼女は起床できなかった。
顔全体、首、左腕が風船のように膨らみ、目は腫れて閉じたままだった。
これらは全て、リンパ腫が大きく広がったために頭部や首からの静脈還流が弱まったためである。
すでに携帯用酸素ボンベを使用していたが、多量の胸水のために息ができず喘いでいた。
夫と母親はすぐに家庭医に連絡をし、急いで総合病院へ連れていくようにという指示を受けた。
搬送先の病院では癌専門医が待機していたが、アニータの病状を見てショックを受けた。

難しい決断に迫られ、もう一人の癌専門医が呼び出された。
さまざまな臓器機能の障害に対処するため、他の専門医たちも招集された。
そして、しかるべき医学的処置をしなければ、彼女は助からないだろうという合意に達した。
多臓器不全の状態であるという見地から、抗がん剤投与は危険すぎたが、
彼女が生き延びるための唯一の治療法だった。

その夜、彼女はMRIとCTで複数の検査を行い、2リットルの胸水を抜き取り、
七つの抗がん剤のうち三つを処方され、集中治療室に入れられた。
この時、アニータは、彼女が臨死体験と呼ぶものを体験し始めていた。


2.臨死体験後の目覚しい回復ぶり

2月3日の夕方、アニータは目覚めて、ベッドの上に起き上がると、
「自分はもう大丈夫だ」と家族に告げた。
主治医の癌専門医と話をし、主治医は、
昏睡状態だったはずのアニータが自分のことを覚えていたことに当惑した。

2月4日、アニータは、鼻腔栄養チューブを抜くように医師に要求し、
そのかわり食事をとると医師に約束した。
さらに、自宅からiPodを持ってきてくれるように夫に頼んだ。

2月5日、アニータは、診察に来た医師たちを「パーティに参加しませんか」と誘った。

2月6日、医師たちは、彼女を集中治療室から一般病棟へ移すことに同意した。
この時までに、彼女の首や顔の腫れはほとんどひいていた。
かなり大きくなっていたリンパ節は柔らかくなり、頭を動かせるまでになった。
治療の最初のサイクルは、2月中旬に終わった。
形成外科医に、次の検査と処置が依頼された。

(a)首のリンパ節生検
(b)首と腋下にある大きく口を開いた炎症箇所への皮膚移植

形成外科医はリンパ腫を見つけることができず、生検の前に超音波検査をすることにした。
また、同時に皮膚移植をする予定だった。
三度にわたり超音波検査をしたが、腫大化しているリンパ節は見つからなかった。

2月27日、彼は首のリンパ節から組織片を摂取したが、
癌の痕跡はまったく見られなかった。

皮膚病変は、皮膚移植をしなくとも自然に治癒した。

3月9日、治療の第二サイクル後、癌専門医はやっと家に帰ることを許可した。
アニータは、3月16日、ジミーズ・キッチンで誕生日を祝い、

3月26日には結婚式に出席し、ダンスを踊ってシャンバンを飲んだ。
それから、治療の第3サイクルが始まった。
第6サイクルのあと(7月24日)、PET-CT検査を行って医師たちはようやく妥協に応じ、
アニータは完全に健康だと太鼓判を押されて、2サイクル残した状態で治療を終了した。



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彼女の回復ぶりは、間違いなく"注目に値する"ものである。
私自身の経験と数人の同僚の意見にもとづけば、彼女の劇的な回復は、
抗がん剤治療によるものだとは考えられない。
私たちの知る癌細胞の性質からすれば、非物質的な何かが癌細胞の遺伝子が
現れるスイッチを切ったか、あるいは癌細胞の死が起こるような信号を送ったと推測する。

正確なメカニズムは私たちには未知のままであるが、抗がん剤による結果とは思えない。
アニータとの出会いによって、私は、この現象、そして、
私たちの人類の本質について、さらに学ぶためのきっかけを与えられたと考えている。





 




末期癌からこれほどの劇的な回復をした例ってないそうで、医学が、レモン大の癌が急速に消滅するメカニズムが解明できていない時点で、彼女が主張する体験を軽視するべきではないですね。「イボがポロリと取れました」というのとはわけが違うのだから。


アニータさんとしては「病院の抗がん剤投与は自分には害でしかない」とわかっていながら、周りの人たちを納得させるためにあえて従ったのだそうです。


首の皮膚病変も、「臓器が機能していないため自然治癒は不可能で形成手術の必要がある」と考えられていました。壊疽とか皮膚潰瘍というのはけっこうな跡が残るはずなんですよ。でも現在のアニータさんの色んな写真を見る限り、まったくわかりません。


これほどの劇的な治癒をもたらした臨死体験とはどのようなものだったのでしょうか?



翻訳家さいとうゆうこさんのブログにあるアニータさんの翻訳記事が、とっても素晴らしいのでご紹介します。(´∀` *)本になかった情報もあって、これを読んだら大体のことがわかります。
http://yukosait.blog21.fc2.com/blog-entry-68.html






(ちなみにアニータさんは、香港在住のインド人女性です)




----------------『喜びから人生を生きる!』から



「恐れずに、もう一度、自分の人生を生き直しなさい!」
という言葉が私の頭でずっと鳴り響いており、すべてうまくいくと知っていました。

臨死体験から持ち帰ったたくさんのメッセージ―
私たちはみんな一つ、私たちの中心は愛、誰もがすばらしい・・の中で、
これが一番強力で、いつも心の中で聞こえていたのです。
そのメッセージは、父の声かソニの声で聞こえてきました。
すべての出来事は、展開されつつある大きな冒険の一部に思われました。

それに加えて、臨死体験のおかげで私は、
外側で起こっていることが内側に影響するのではなく、
内側にあるものが外側に反映するのだと考えるようになりました。
以前は、外側の世界が現実で、その範囲内で努力しなければいけないと思っていたのです。
おそらくほとんどの人が、そのように考えているでしょう。

この考え方では、自分のパワーを外の世界に与えてしまい、
外側での出来事に、自分の行いも気分も思考も支配されることになります。
感情的な反応や気持ちには実態がないので、現実のものではなく、
外側の出来事に対する反応にすぎないと思いがちです。
そのような考えでは、私たちは、自分の人生の創造者ではなく、
状況の被害者になってしまうでしょう。

私が癌にかかったことでさえ、
たまたま外側で"起こった"出来事でしかないということになるのです。
しかし、臨死体験をしてから、自分は神と一つであり、
偉大なる全体の一部だと考えるようになりました。
その中には、全宇宙のあらゆるものが含まれます。

過去に存在したものも、未来に存在するものもすべて含まれます。
すべてがつながっているのです。
私は、自分がこの宇宙の中心にいると理解し、誰もがこの偉大な宇宙の中心にいて、
それぞれの立場で表現しているのだとわかりました。




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「スピリチュアルに生きることは、ありのままの自分で生きること!」
https://www.youtube.com/watch?v=AdlzRoq9HMs


↑アニータさんはこんな風に、「ありのままの自分で誰もがみんなスピリチュアル」なのだと言っています。彼女は、「いつでも自分を後回しにして、人に対して良いことをしていると思っていたとき、自分のことを見放しているなんて思ってもみなかった。」という気づきを得ました。


で、ここが精神世界の難しいところなんですけどね・・・このアニータさんの気づきは、きっとある一つの真実です。より高い次元から見た場合、"誰もが既に完璧な存在"なのかもしれません。がしかし、どー考えても、今現在、振り込め詐欺とかやってる奴が、「スピリチュアル」で「今のままで充分」なわけがないんです。


世の中には、徹底的にその性根を叩きなおして、他人のために良いことをするよう心がけたほうが運が開けてくる人間もいるんです。ええ、それは私なんですけどね。しかもろくに実践できてませんけどね。 (´∀` ) 同じ臨死体験者でも、ダニオン・ブリンクリーとかも絶対そんなタイプです。


アニータさんはダニオン・ブリンクリーのように臨死体験の際、人生回顧をしていないんですよ。たぶん、必要性がなかったから。彼女の体験は、スピリチュアルであろうとして自己犠牲的な良い人の生き方をしていた人だからこその気づきだったと思うのです。


家族や身内に対して、「あんたら、まず私を最優先に考えなさい。( ノ゚Д゚)」という態度で生きてきた私のような人間は、参考にしちゃいかんのです。ええ。


(・・・といいつつ、この記事書くために本をざっと再読したら、「アニータさん、すげええ〜〜」となった(・ω・)。アニータさんが臨死体験はとても深くて、内容の側面を切り取って「これ」って言えるようなものじゃないので、本を読むことをお薦めします)



☆☆☆



『喜びから人生を生きる!』の中に、私がどうしても忘れられない箇所があります。

アニータさんは臨死体験で、「自分の中の恐怖心や心のあり方が癌を生み出したのだ」ということを知るのですが、彼女が意識を取り戻してから、自分の姿と対峙したときの反応には、胸にぐっとくるものがありました。



---------------『喜びから人生を生きる!』から



集中治療室を出てから数日後、私は筋力をつけるために理学療法を始めました。
初めて部屋の中を歩けるようになった日、看護師が気遣いをしてくれて、
鏡のあるトイレに連れて行ってくれました。
ところが、鏡をのぞき込むと、なんと骨と皮だけの自分が映っていて、
その姿にひどく滅入ってしまったのです。

そんなに落胆したのは、昏睡状態から覚めて初めてでした。
私は、数分だけ一人きりにしてほしいと看護師に頼みました。
そして鏡の中の自分をじっと見つめましたが、
目の前にいる人物が誰なのか、まったくわかりませんでした。
髪の毛はほとんど抜け落ち、目はくぼんで大きな眼球だけが目立ち、頬骨が突き出ていました。
右耳下の首には、絆創膏が貼られ、ぱっくりと開いた皮膚病変を隠していました。

鏡に映った自分の姿に釘づけになり、涙がとめどなく流れてきました。
虚栄心から泣いたのではありません。
その時、私にとって、身体的な外見は重要ではありませんでした。
むしろ、今、鏡の中にいる人物を誰かが見たら、
きっと抱くであろう哀れみを感じ、涙が出てきたのです。
それは、心からの共感を伴った悲しみでした。

私は自分の姿の中に・・・その顔や目の中に・・・
これまでの長い年月にわたる苦しみを見ていたのです。

「どうして、これほどの苦痛を自分に与えてしまったのだろうか?
なぜこんな苦しみを課したんだろう?」私は悲嘆に暮れました。

私自身が、自分に対して行ったのだと痛感していました。
鏡のほうへ手を伸ばし、そこに映る涙にぬれた顔に触れながら、
二度とこんなひどい目にはあわせない・・・・・と誓ったのです。




---------------




私たちは、何も好き好んで苦しんだり、怒りや恐怖や不安を持ったりするわけじゃありません。でも、エネルギーの視点から見たら、単純に自分で自分を攻撃している状態になっているのかもしれません。


私自身もある人を死ぬほど憎んでいた時、「顔面がはれあがる」という経験があったので、これには思い当たる部分があるのです。だって、その憎しみが消えてからは、すっかり嘘のように治りましたから。(一体どんだけ憎かったんだ)


いや、私は病気の原因は人それぞれで、病気がその人の「心のあり方」のみにあるとは考えていないんです。赤ちゃんや幼児の難病など説明がつきません。引き寄せの法則的な視野でだけで人生を捉えることには絶対無理があると思うのです。


なんといっても、アニータさん自身も臨死体験前は、無理やりポジティブ思考をやっていたそうですから。でも、彼女は癌になってしまった。


「それじゃ、一体どうしろと?」って思いますよね。というわけで、続きはまた次回。(・ω・)ノ



続き☆アニータ・ムアジャーニが語る心と健康
http://romansulove.jugem.jp/?eid=17









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