脳神経外科医が臨死体験をして出した結論

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エベン・アレグザンダー著『プルーフ・オブ・ヘブン』という本があります。


これ、脳神経外科医であるエベン・アレグザンダー医師が、自身の臨死体験によって、「死後世界の存在を肯定した」ことで話題となり、世界的なベストセラーになりました。もうタイトルが、「天国の証明」ってくらいですからね。


でもこの本、私としては、万人にお薦めできるほど面白い臨死体験本とは思わないんですよ。


もちろん、個人の体験記なので、『あの世からの帰還』のような味も素っ気もない研究本よりも、読み物としては遥かに面白いのは確かですが、もっとワクワクするような内容の臨死体験の本って、他にも沢山あるのでね〜


なんとな〜く帯書き見て本屋で買ったという人が読んだら、彼の臨死体験の内容には大したインパクトを感じないかもしれません。


ですが、このエベン・アレグザンダー医師の体験は、長い間、「臨死体験は脳内現象か?」というテーマを追求してきた私にとっては、とてつもない価値があるものなのです。



☆☆☆



つまり、こういうお話です。(-@∀@)φ



このアレクザンダー医師、細菌性髄膜炎によって、一週間の昏睡状態になりました。


これは、細菌が脳や脊髄を包む髄膜にまで感染して、脳を侵食していく病気です。アレグザンダー医師の場合、その中でも悪性の大腸菌性髄膜炎で、大腸菌性髄膜炎にかかった人は発症後一週間以内に死亡するのが殆ど。昏睡状態が長く続けば仮に意識を取り戻しても、重度の脳障害が残ることはほぼ確実とされています。(テレビの受け売り(◎∀◎)


大腸菌性髄膜炎の昏睡状態から生還し、脳が発症前と同じ状態に戻ったのは一人としていないのだとか・・。

正直、自分が身内だったら、意識を取り戻してくれるよりも、いっそ、あの世へ見送ってあげたいくらい希望がありません。



・・ところがどっこい、このアレグザンダー医師は、昏睡状態の間、臨死体験をしていました。死後の世界をフラフラと彷徨ったり、顔も見たことがなかった生き別れの妹と会ったり。


その臨死体験のご利益なのかどうかはわかりませんが・・・・意識を取り戻した後、アレグザンダー医師の脳は奇跡的に、以前と同じ状態に完治したのです。


これ、奇跡的治癒としては相当すごいようで、世界初の症例。


普通だったら、重度の脳の後遺症を負って、医師としての知識・見識も失っているはずのところを、以前と同じ状態にまで回復しちゃいました。(´∀`∩)



☆☆☆



まあ、これだけならば臨死体験の奇跡的治癒としては、ありそうな話です。


この人の何に価値があるって・・・彼が、脳神経外科という分野の権威であったという点なんです。


健康状態が回復してから、アレグザンダー医師は、昏睡状態にあった7日間の、自分の脳の状態を記録した医学的データを検証してみました。自分が体験した「死後の世界」と思われる世界のすべてが、脳の生み出した幻覚なのかどうかを確かめるために。



そして、脳のどの部位の機能が、どのような幻覚を生み出すことができるのか・・それを知り尽くしているエベン・アレグザンダー医師が出した結論が、「死後の世界は存在する」だったのです。




このアレグザンダー医師の体験をまとめた番組、わかりやすくて面白い。





『プルーフ・オブ・ヘヴン』には巻末に、「私の臨死体験の神経学的仮説」として、自身の臨死体験が幻覚ではありえない脳の機能上の理由を一つ一つ説明しています。


最後に、アレグザンダー医師の臨死体験の一部を抜粋します。




-------------『プルーフ・オブ・ヘヴン』より



そこでは見るものと聞こえるものに区別がなかった。
上空で銀色にきらめいている存在の美しさを"聞き取る"ことも、
その輝く存在たちが謳いあげている喜びの炸裂を"見て取る"こともできた。
その世界では、なにか神秘的なかたちで自分自身がその中に溶け込んでしまわない限り、
何も見えず、何も聞こえないように思われた。

現在の視点に立って考えれば、あの世界はどんなものであれ、
"対象を見る"ことはできなかったのだろう。
そこには格助詞の"を"が表す分離の概念が存在していなかったからである。
すべてをはっきりと識別することができたが、同時にすべてが周囲の一部でもあった。
ペルシャ絨毯の複雑に折り重なった絵模様のように。
あるいは、蝶の羽根の模様のように。

さわやかな風が吹いた。
木の葉を揺らし、天のせせらぎさながらにさやさやと駆け抜ける。
最高に気持ちのいい夏の日に吹き渡る清風を思わせる風だった。
すがすがしいその風が吹き抜けると、
あたりが一変し、波動がさらに一段階上のオクターブに変容した。

こちらの世界で考えられているような言語機能は働いていなかったが、
私は言葉を用いずにその風に対し、
またその背後で働いていると感じられた神聖な存在に対して問いかけた。


ここはどこですか?
私はだれなのですか?
なぜ私はここにいるのですか?



ひとつ無言の質問をするたびに、電光石火の速さで答えが返ってきた。
答えは光と色と美が渾然一体となって爆発し、怒涛のように押し寄せるかたちで返された。
私はその凄まじさに圧倒されて口をつぐむしかなかったが、大切な点は、
私の質問に対して確かに答えが、"返された"ことだった。
答えは言葉を介さずに、思考が直接私になだれ込んできた。

だが思考と言っても、それは地上で体験する類の思考ではなかった。
曖昧ではなく、筋が通り、観念的ではなかった。
火よりも熱く、水よりも濡れているような、間に何も介在しないしっかりとしたものだった。
答えを受けると同時に、ふつうであれば理解するのに何年もかかりそうな概念がすんなりと腑に落ちた。

さらに先へ進んでいくと、広大な虚空の中へ入っていった。
果てしない広がりが続くまったくの闇だったが、そこでは限りない安らぎも感じられた。
漆黒の闇であるにもかかわらず、光も満ち溢れていた。
すぐ近くにいる気配のする光の球体、オーブ(玉響ともいう)のひとつが放射している光らしかった。
オーブはあの輝く存在の天使たちが奏でていた調べと同じように、ほとんど固形のようで、生きていた。

奇妙なことだが、私の置かれた状況は、子宮の中の胎児に似ていた。
子宮の胎児はプラセンタと呼ばれるものを言わない相棒とつながり、
そこから栄養を受け取って、あらゆるところに存在していながら
姿は見えない母親との関係を仲介してもらっている。

私の場合は胎児の"母親"に相当するものが、
宇宙とそこにあるもの全体の母体、言い換えれば、神や創造主、
根源などと呼ばれる存在だった。
神の存在はきわめて間近に感じられ、自分との間にまったく距離がないように思えた。

しかしそれと同時に神が無限に広大であることがわかり、
それに対して自分がいかに比べ物にならないほどちっぽけであるかを思い知らされた。
昏睡から目覚めた後で記憶を書き留めながら、
私は神を指すのに"オーム"という代名詞をよく使っていた。

そこで本書でもときどきこの言葉を用いることにしたい。
"オーム"というのは、無私の愛を注ぎ、全知で全能である神、
言葉をもってしては説明のできない存在につながる響きとして記憶していた音だったのだ。
オームと自分を隔てているものは、純粋な、無限の広大さなのだ。

オーブがそばについてくれているのはそのためなのだと、私は気づいた。
完全な理解が得られたとは言えないが、
オーブは自分とその自分を包みこんでいる途方もない存在とを取り結ぶ、
ある種の"通訳者"であることがはっきりわかった。(中略)

そこにいる間は、なおも質問と回答のやり取りが続いた。
答えは言語と呼ばれている方法では返されなかったが、
存在の「声」は温かく・・奇妙に聞こえるかもしれないが・・親身だった。
存在には人間への理解があり、人間と同じ性質も持ち合わせていたが、
その度合いが桁違いに広く深かった。私のことも知り尽くしていた。

私が人間特有の一面と考えてきたもの―温かさ、哀れみ、哀愁、
さらには皮肉やユーモアといったもののすべてを溢れんばかりに備えていた。
オームはオーブを通して、私に語りかけた。


宇宙はひとつではない。
お前の理解を超えるほど数多い宇宙がある。
しかしすべての宇宙がその中心に愛を持っている。
どの宇宙にも邪悪は存在しているが、ごくわずかでしかない。
邪悪が存在しなければ、自由意志を持つことができない。
邪悪はそのためにこそ必要とされてきた。
自由意志を持つことなしには、発展が得られない。
進歩がなくなり、神が人類に対して願い続けてきたことを、
人類には達成することができなくなる。
世俗世界の邪悪は醜悪で強力でもあるが、全体から見れば愛が圧倒的に優勢であり、
最終的に勝利を収めるのは愛である。



声はそう語った。
私はその場所で、無数の宇宙に豊かな生命が息づいているのを見た。
その中には人類よりはるかに進歩した知性を備えるものたちもいた。
数限りない高次の次元があることも知った。
高次の次元は、その中へ入り、直接体験するかたちでしか知る方法がないこともわかった。
低次の次元空間からは、高次元世界は知ることも理解することもできないのだ。

因果の関係は高次元にも存在しているが、この世界の概念とは異なっている。
またこちらの世界で体験されている時間空間は、
いくつもの高次元に複雑なかたちで密接に織り込まれている。
言い換えれば、高次元の世界はこの世界と完全に隔絶しているわけではない。
あらゆる世界がそれらすべてを包み込む神聖な"真理"の一部分を構成しているのである。
そして高次の世界からは、こちらの世界の時間や場所に自由につながることができるのだ。




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これね、もし彼の話が本当だとすると、脳幹とか、大脳皮質の幻覚がどーのこうのって、そういう次元のものじゃないと思うんだな。うん。(・ω・´)





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