乙武さんに見る前世と今生の因果関係

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    最近、伊勢白山道さんの『内在神への道』を再読していたら、とても興味深い箇所を発見しました。

    リーマンさんが、乙武洋匡さんの前世について次のようにリーディングしていたんです。

     


    ------------『内在神への道』より

     


    乙武さんは、生まれつき両腕両脚が無いという障害を持って生まれました。
    彼の前世は、中国の清朝王朝に使えた宦官でした。皇帝に仕える官僚です。
    庶民から見ると、夢のようなエリートです。前世も頭脳明晰だったようです。
    最終的には、中堅クラスの宦官まで出世しました。
    当時の王朝では、政治犯などに対しては、上層からの命に従い、両手両足を切断するなどの残酷な刑が執行されたようです。
    彼は内心では心を痛めながら、職務として、刑の執行指示に多数関わったようです。

    彼は死後、この時に発生した因縁の消化と、新たな自己の成長のために、
    障害の個性を持つことを、自ら選択して生まれ出ました。
    母親とは、王宮で出会った縁があるようです。

    この世に生まれ出ることは、大変な奇跡に近い神の恩寵です。

    個の魂に刻まれた、作用・反作用の縁と、受け入れる家系側の縁が、一致して初めて誕生します。

    障害の個性を持って生まれた時点で、過去の因縁が消えたわけではありません。
    これから、始まるのです。
    因縁を消化できる立場に立ったのです。
    因縁を消化できるか、否かは、今生の生き方次第です。
    人は誕生した時点では、平等にスタートラインに立っています。

    プラスマイナスゼロです。
    健常者で生まれても、内在神を押し込めたまま、人生を終える人。
    障害の個性で生まれても、内在神を大きくして終わる人。
    障害の個性のために、人生を不平不満で終えて、尚更に悪因縁を増やして終わる人・・・・。
    生かして頂いてありがとうございます
    の心境で生きることができると、悪い因縁は大きく消化され、
    良い因縁が大きく育つでしょう。
    前世は、知らないほうが良いと書きましたが、乙武さんの場合は、今生を強く明るく生きて居られるので、
    前世を知っても問題がないと判断しました。
    明るく今を生きる彼が、もし、紫禁城に行けば、どのような印象を持つかは、興味があります。

     

     

     

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    私ね、基本的にこの手の「著名人の前世」みたいなリーディングは、信じる理由もないので、いつもは何とも思わないのです。自分自身の過去生を見ても半信半疑でしかないのに、ましてや他人様なんてね。

     

     

    でも、この乙武さんのリーディングには「なるほどぅ・・」とやけに感心してしまうものがありました。いや、10年前にこれを読んだ時は何とも思わなかったのですが、今年になって再読したら、この前世が実はかなり "いいトコ突いていた" ので驚いたのです。

     

     

     

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    清王朝の宦官ということは、この過去生の人物は人生のある時点で、自分の男性器を切断しているはずなのですね。宦官たちは、庶民からすると夢のような贅沢な暮らしができるのと引き換えに、性生活は諦めているのです。まあ、宦官が宮女たちといかがわしい戯れをしていた・・なんて話もあるけどね、でも正常な性行為は出来ない。「ふ、ふん。別に羨ましかねーやい!」と言われてしまう人生です。

     

     

    そこで思い出すのは、乙武さんの例の不倫騒動ですよ。過去に愛人が5人いたっていう。私はあの騒動がマスコミを騒がせていた時、密かに「うーん、さすがは乙武さんだ。愛人が5人って、別の意味で障害を持つ人たちに希望を与えたな!(−_−)」と思ってしまいました。いや、不倫はいかんですよ、不倫は。

     

     

    まあ、奥さんにはお気の毒なのですが、世の中には乙武さんよりも遥かに軽度の障害であっても、「自分には恋人も結婚もできない」と諦めている人たちは沢山いるのですね。その人たちからしたら、「やっぱり積極的に恋愛してみよう」と励まされる人がいても不思議じゃありません。私が出会った中でも驚いたのは、「弟が知的障害者なので俺は結婚できない」と言い張っていた男性がいたこと。もうビックリですよ。

     

     

    それはまあともかく、このリーマンさんが語る人物を、乙武さんの過去生と仮定して妄想してみますとね、

     

     

     

    前世:四肢切断などの執行指示に関わりながら、一応は五体満足で暮らすものの、男性器を失い正常な性生活は満たされない人生

     

     

    今生:生まれながらに両腕両脚を持たず五体不満足に生きるものの、奥さん、愛人、子宝に恵まれ、男性器はフル稼働

     

     

     

    ・・・・という絶妙なバランスが成立してしまうのです。といっても、この男性器フル稼働は言いすぎかもしれない。というのも、乙武さんには男性が日常的にするような自慰行為が出来ると思えないから、他人による介助が必要になるはずです。そう考えると、このような男性を普通の性倫理で裁いていいものか私には疑問なのです。ええ、わかってます。不倫はいかんですよ、不倫は。

     

     

    それから宦官ということは、血反吐を吐くような難関試験である科挙試験に合格していた可能性もある。そういう過去生の努力があったと仮定すると、乙武さんが、両腕が無くエンピツや単語帳も持てないのに、早稲田の政治経済学部に入学できたのも納得してしまう。(乙武さん世代の早稲田政経って東大より偏差値が高いと言われていた頃じゃなかったっけ?)

     

     

    でもまあ、当時の中国では科挙を受けるような財力を持たない人は、自分から男性器を切断して宦官にまで登りつめるという立身出世のための禁断の裏技を使った人間がゴロゴロいたようなのですわ。内容忘れちゃったけど、浅田次郎の『蒼穹の昴』の主人公もそうだったような。

     

     

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    んで、これは私の勝手な妄想なのですが・・・結局、乙武さんは政治家への道を不倫騒動で諦めたでしょう?そう考えると、

     

     

     

    前世:男性器を切断して性生活を諦めることで、政治官僚の役職を得る

     

    今生:過去の愛人(性生活)が原因で、政治家への道を断念する

     

     

     

    とまあ、これまた絶妙な因果関係(妄想)が成立してしまうのです。いや、でも今後、乙武さんが政治家になる可能性は充分にある気がします。というのも、リーマンさんのリーディングがまさにその通りだと仮定すると、乙武さんの魂は、前世で心を痛めながらも執行した刑罰の数々をポジティブな形で償うために、今生で政治家になって障害者のためになるような有益な政策を成功させたいと願うはずだから。そして、上からの命令に流されるのかそれとも戦うのかをまた再び試される、という訳でございますよ。

     

     

     

    乙武さんの女性問題というのは、彼の魂が過去生で満たされなかったことを今生で埋め合わせているだけなのかもしれません。人間というのは世間的にはどーしようもないと見える行動があったとしても、本人の魂の歴史を見ると深い深い理由があるのかもしれません。

     

    そして、彼の政治家になろうとする情熱は、魂からきたものなのかもしれません。

     

     

     

    ・・・まあ、完全に私の妄想ですけどね(´∀` )

     

     

     

    本当かどうかもわからない過去生話をネタに妄想を広げては乙武さんもいい迷惑なことでしょう。でも、このリーマンさんのリーディングがやけによくできてると私が感じてしまう理由を少しわかってもらえたでしょうか。

     

     

     

    伊勢白山道さんの『内在神への道』が出版されたのって、2008年なんですよ。その頃、乙武さんて、スポーツライターで政治家を目指しているなんて世間に知られていなかったような・・。ましてや、彼の不倫なんて想像もつかない頃だったから。

     

     

     

    とにかく、自分の持つ能力を最大限に使って、夢や目標を追いかけ人生を楽しもうとする乙武さんを私は心底、尊敬します。(−人−)でも不倫は(省略)。仮に私が乙武さんと同じ障害を持っていたら、きっと一生引きこもって周囲の人間に毒をまき散らかすだけ巻き散らかし、自分でお金を稼ごうともしないことでしょう。あー、私も頑張らなきゃ。五体満足でもこのザマだもんなあ。

     

     

     

    追記:

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    この記事を書いた後で、私は今、初めて『五体不満足』を読んでいるのですが(まだ読み途中)
    アラ、びっくり。乙武さんて、エンピツを持って字を書くことは出来るんですね〜本当に凄いわ。
    ろくに彼のことを知りもしないで書いていました。すいません。(・ω・;)

    ところで、乙武さんに関する週刊誌の記事で、乙武さんが奥さんに
    「政治家を目指す上で愛人の存在は欠かせなかった、それは譲れない」と言っていたという
    話があるのですが、これさ、普通の感覚だと「(゚Д゚)ハァ?」となっちゃうのですが、
    もしも仮に、乙武さんの前世が宦官だったとすると、彼は前世では
    「官僚になるためには、男性器の切断もいとわない」人だったわけですよ。
    この反作用にやけに納得してしまいました。あ、妄想です。妄想(笑)

     

     

     

     


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    非物質世界への耽溺

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      私は、これまでずっと「ただの脳内現象に過ぎない」と思ってきた体外離脱が、異次元世界の体験なのだと確信できるようになってからというもの、ここ数年の間は異次元世界中毒とでもいうような変な状態になっていました。(´・ω・`)

       


      いやあ・・・面白くって。向こうの世界の存在たちに何かを教えてもらったり、一緒に遊んだりすることは。

       


      疑いのブロックが外れて調子に乗ってしまったのか夢中になっていたら、いつの間にか現実生活の中で非物質世界との関わりが自分の思考の大半を占めるようになり、向こうの世界での出来事に一喜一憂、大喜びしたり、落ち込んだり、イライラしたり・・・といったバカげた状態になっていました。

       

       

       

      学んだことの数々は有益で役立ったのだけど、耽溺の度が過ぎたというか。エネルギー浪費の悪影響に気づいて今は現実生活だけに集中してるんですけどね。

       

       

       

      一時期、そんな自分の体験した出来事をいろいろブログに書こうかとも思ったのですが・・・やめました。(・ω・)今の私には、無限広大な非物質世界の全貌を見極める能力なんて無いし、結局は自分の主観における体験でしかないので、そんなものを書いたところで、たいした価値はないと思って。

       

       

       

      それより、もう一度初心に戻って、知覚能力の高い友人と共同探索をして、現実とリンクするかどうかを地味に検証したほうが有益かもしれない。ただこれ、自分と周波数が似たような人でないと、どういうわけか難しいんだよなあ・・。

       

       

       

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      以前の私は、非物質世界の全貌を見極める能力というものがあるとすれば、それははどちらかというと、サイキックな「能力」の範疇のものだと思っていました。でも今はね〜、それはちょっと違うと思っているんです。

       

       

       

      私が出会ってきた、能力で非物質世界を探索している人たちの中には、明らかにおかしな世界や存在にコントロールされていた人たちが何人もいたのですよね。本人からするとその世界は「地球の霊界」とか「天上界」だという認識なんだけど、私から見ると、彼らはアストラル界のパラレルな自分宇宙に囚われているだけにしか思えないの。

       

       

       

      おまけにどういうわけか、そういう人たちの共通点としては、本人の現実の人生はまるっきり、ちゃんとしていないんだな・・。これ、あくまで私の経験なのですが、非物質世界の体験というものは常に自分の意識レベルと連動しあっていたのですよね。だから、心の成長が伴わないうちはより広い視野での見極めは難しいのかもしれない・・・と思うようになりました。

       

       

       

      なんというか、知覚能力はあるけど願望実現などに夢中で霊性は重要視しない人たちが、簡単にアストラル界のトラップに引っかかっているんじゃないか?と思えて仕方がないのです。いや、私自身も霊性や人間性という面ではゴミレベルですが、人としての理想だけはやたらあるので(実行の伴わない口だけ番長の特徴で)、だからこそ思います。

       

       

       

      アストラル界を探求していくと、あそこは私が想像していた以上に複雑で見極めの難しい領域でした。ヘミシンクのフォーカス○○なんて自分基準は意味ないんじゃ??と思うほどに。例えば、アストラル領域という鳥かごの中で、「ここはフォーカス100だ!天上界だ!私は自由な存在なんだ〜!」って、ぐ〜るぐるとやっていてもおかしくないくらい、個人の信念に応じたパラレル世界が広がっているようなのです。

       

       

       

      あ、あくまで例え話ですけどね、まあ、そのくらい判断が難しいってことで。たぶん、死ねば誰もが自分だけのパラレル世界に移行する状態になるのかもしれないけど、上のほうのアストラル領域は、物質次元に近い楽しさが残っている分、中毒性のある天国、極楽かもしれません。

       

       

       

      もちろん、ヘミシンクで、ちゃんと実際の?と言ったら変だけど、高い領域の世界に行っている人たちも沢山いると思います。でも一部の人は、アストラル領域のパラレル世界を何か凄い高次元世界や、地球における最終霊界かのように勘違してしまうこともあるんじゃないですかね。

       

       

       

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      それで、私自身もわけがわからなくなった時期がありました。「ガイドに聞けばいいじゃん」って思うでしょう?でも、そもそも、そのガイドと思わしき回答者だって疑ってかからないと。非物質世界の案内人や教え好きの存在はいわゆる「自分の守護霊」とは限らないしね。実際、初期の頃に私が向こうの世界で会ったガイドのような振る舞いをしていた人たちは、その回答を鵜呑みにしてもいいような存在ではなかったんですよ。

       

       

       

      最初は、彼らの(8人くらいいた)地上では見たことがないような外見の美しさに、とにかく圧倒されました。話をしてみれば心理カウンセラーのように優しいので心地いいし、有害ではないのですが・・・簡単に言うと、私を成長させてくれるような有益な存在ではなかったので信頼に値しないのです。時々、この手の外見のいい異性ガイドと戯れている人がいるけど、ああいう類なのかなあ。体外離脱直後に「ガイドに会う!」とアファメーションしてから出てきたのが彼らだったのに。

       

       

       

      ちなみに、私の知りあいの女性には、ガイドが超美形の大天使ミカエルなの、という人がいて、その人は一年中「またミカエルと喧嘩した・・」とか言ってはイチャイチャと戯れているのですが、おんなじような中身カラッポガイドの匂いがプンプンして仕方がないです(笑)

       

       

       

      それはともかく、ある時期、この「ガイド」という定義が広範囲な言葉はどんなもんだろう?と思い、「守護霊」と言って呼び出すようにしてみたのですが、そしたら、どうも本物としか思えないような守護霊が出てきました。

       

       

       

      高羽そらさんが、本の中で「初めて自分のガイドに会った時のことを思い出すと涙が出てしまう」というようなことを書いていたのですが、これ、私もそうなのです。初めて自分の守護霊と会えた時のことをふと思い出すと、なんか感極まって泣けてくるんですよ。

       

       

       

      向こうの世界でその守護霊を見た瞬間、「あ・・こいつ、私の守護霊だ(涙)」となぜかわかって、その時の安心感を思い出すからなのかなんなのかはわからないんですけどね。

       

       

       

      結局、自分の守護霊だと確信できた存在は二人しかいないのですが、彼らはいつも「自分でよく考えろスタンス」でね、時々、華麗に登場しては何か重要なメッセージを言い放って去っていくタイプなのです。体脱中はいつも私の後ろにくっ付いているのだけど、透明人間状態で姿を隠しているし。他のヘミシンクの人たちみたいに、一年中、コミュニケーションとれるわけではないんですよねぇ。

       

       

       

      でもまあ、だからこそ、この守護霊たちだけは信頼しているともいえます。彼らは、私が誰かを助けたり、酷いことをした相手を明るく許したり、私の心の成長と人生の課題の達成に対して、特別の関心を持っているようだから。

       

       

       

      自分でも成長したなあ・・と思えた時期に守護霊のうちの一人と会ったら、彼の輝きがキラキラと増していたんですよ。この守護霊は、生前は私と同じような人生の課題を持っていた人物なので、どうやら私たちは共に成長していく関係みたいです。

       

       

       

      この守護霊たちは、疑問に思うことを何でもペラペラと答えてくれるわけじゃないから正直、面白くはないです。ただ逆にペラペラと、本来自分で考えて答えを出すべきことを教えてくれるような存在は、無自覚のままコントロールされていたり、耽溺、依存して道を誤る可能性もあるので、ちょっと疑ったほうがいいかもしれません。

       

       

       

      まあ、この話をしだすと本当にキリがないのですが〜、そんなモロモロの経緯があって、暫くは体外離脱よりも現実生活で自分を成長させることに集中しているというわけなのでした。(・−・)

       

       

       

       

       

       

       

       

       


      体脱を脳内現象とは思わなくなったけど・・・

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        私が体外離脱を脳内現象だと思わなくなったのは、体脱後に向こうの世界で教えられた情報と現実との符合に驚いたり、ヘミシンクでいうところの共同探索で、スピ友人と同じものを見て同じような体験をする・・ということを頻繁に繰り返すようになったので、いつの間にか、「体外離脱=脳内現象」の信念は消えるようになったわけなのですが〜・・・

         

         

         

        そもそもの最初のきっかけとして、自分の体の中には、霊体のような不可視の体があるということを100%確信したことが大きかったんですね。(だからこのブログの名称は正しくは、元・疑い深い人による精神世界日誌でござい)

         

         

         

        もしも誰もが、昼間の覚醒した時に腕や足の霊体を自由に取り出せて、霊体を取り出した部分の肉体は一切動かせない状態になってしまうとしたら、人は不可視の体の存在を脳みそや臓器のように認識できると思うのです。

         

         

         

        この話は以前にも書いて繰り返しになっちゃうのですけど、私に起きたことはこういうことです。まあ、決して自由自在に取り出せるわけじゃないのだけど、体脱前後には頻繁に起きるのですよね。

         

         

         

        10代の頃から、この奇妙な "見えない体の出し入れ遊び" を、暗闇の中の半覚醒状態でやっていても、ずっと「脳内現象は本当にリアルだなあ〜」としか思っていなかったのですが、でも、昼間に目を覚ました状態で同じ現象を肉眼で見て確認した時、今までの解釈はバカげていたと気づきました。

         

         

         

        これは霊体というより、たぶんエーテル体なのですが(でも、あえて霊体とも呼びたい)、足を切断された直後の人が、まだ足があるような感覚があり痛みを訴える・・・というあの有名な話は、エーテル体の感覚は本物の肉体感覚と変わらないので、そう感じるのです。

         

         

         

        体からエーテル体の腕がスポンと抜ける→エーテル体の指を細かく動かしても肉眼では全く見えない。

        一方、腕のエーテル体を取り出した状態では肉体の腕や手は全く動かすことができなくなる。

         

         

         

        こういう一連の動作は、物理現象と変わらないくらいハッキリしているもので、この現象を脳内現象と定義してしまうと、私にとっては体の手足が動くことも脳内現象になってしまうのです。すごーく変な言い方だけど、不可視の体の中でもエーテル体は目には見えないだけで、とても「物質的」なんです。

         

         

         

        っていうか、そもそも体を動かしている「主体」はこういう霊体のほうなので、この不可視の体が肉体に納まっていなければ、肉体を動かすことはできません。肉体というのは、本当に着ぐるみと一緒なんですね。いや、ホント。

         

         

         

        「なーんだ、そーか。これは脳内現象じゃないわ!」と思ったら、その後は体外離脱をするのも楽しくなったのでした。

         

         

         

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        でも、かといって、エーテル体のまま、ごっそりと体から抜けてしまうと、高確率でエーテル領域に行ってしまうので、その体験はやっぱり脳内現象としか思えないレベルのものになってしまいます。エーテル領域の中でも物質次元に近いところは、現実世界のコピー世界のように似てはいるけども支離滅裂なところで、世界としてまるっきり安定していないから。

         

         

         

        だから、エーテル界に行き、現実と符合するかどうかを実験した人たちの殆どは「体外離脱は脳内現象だ」と思うようになるのではないでしょうか。私も体外離脱をするたびに、このエーテル界をうろついていただけだったので、だからこそ、体外離脱は脳内現象だという強固な信念ができました。

         

         

         

        これは体外離脱では現実世界には行けないという意味じゃないですよ、あくまで傾向としての話。ゲリー・ボーネルは幼少期から、指定された物品を体脱によって的中させることができるのかどうか、医者と実験していたらしいし。

         

         

         

        ちなみに、私の友人Aの親友は体外離脱の達人で、それまで一度も来たことがなかったAの部屋のインテリアを細かく言った上に、前日にAがマスターベーションに使っていた漫画とそのページまで言い当てたそうです。ってか、こんな親友、嫌だわ(−_−)

         

         

         

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        なんにせよ、死者たちの安定した生活が営まれている死後世界の領域に行くためには、より高次の体であるアストラル体を使って探索する必要があります。(それ一体どーやるんだ?という、体脱のテクニック的な話はまた別の機会にでも)

         

         

         

        そして、非物質世界体験はここからが難しいというか危険なところで、向こうの世界とアクセスするようになってからが、より一層、自分の体験を色んな可能性から疑わなければならないんですよねえ。遊びたいだけだったら別にどーでもいいのですが。

         

         


        チャネリングでも体外離脱でも、自分と接触する存在の言うことをホイホイと信じてはいけない。どれだけ彼らがキラキラ輝いて波動が高く感じられて、教えてもらった素晴らしい話に感動したとしてもね。

         

         

         

        そう思っているので、私は、ここ2・3年、向こうの世界で得た情報について真剣に悩んでいました。いや、それは別にネガティブなものじゃないのだけど、私自身が向こうの世界を見極められるだけの能力もないので、いまだにハッキリとしたことはわからないのです。ただ自分の中で、死後世界のシステムの仮説があるだけで。

         

         

         

        だから、「誰か、私の考えと同じようなこと言っている人いないもんかなぁ・・」と思いつつ、色んな本を引っ張りだしては読んでいます。

         

         

         

         

         

         

         


        神を求めてインドへ行き、無神論者になる

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          最近、世界的に有名なヒーラーであるジョン・オブ・ゴッド(神なるジョン)のヒーリングを受けるためにブラジルまで行った方の体験談を目にしました。

           

           

           

          その方によると、結局、病気は治らなかったばかりか、胡散臭いガイドたちに失望し、欧米圏で取りざたされているジョンに関する性的被害などの情報もあって、ブラジル人ヒーラーの全てが信頼できない・・というようなものでした。

           

           

           

          うーん・・・私も過去に同じような経験をしているので、この方の失望と憤りの感覚が、本当によーく理解できます。共感していたら、自分の昔の思い出が蘇ってしまった。いや、今となっては、ある意味で良い思い出でもあるのだけど。

           

           


          あの〜・・ごく稀に、聖者であれ、ヒーラーであれ、やけに信憑性の高いスピ人物っているじゃないですか。

           

           

           

          沢山の人たちの奇跡体験が書かれた本や、科学的態度で奇蹟現象を検証する本も出版されていて、しかも、その人物が無料で活動しているらしいとくれば、本物としか思えないような存在。

           

           


          でも、いざその「聖地」にまで行ってみれば、そこは本に書かれていたような神聖なものは無い世界で、自分には癒しも奇跡も起きないし、単に途上国の現地人たちから詐欺的な商売のカモになるばかり。その聖者は無償の奉仕と言いつつ、信者からの巨額の寄付で、金には不自由しない暮らしぶり。

           

           

           

          違和感だらけで帰国して、当の聖者のレイプ疑惑や犯罪的な慈善事業実態の情報を後から知ると、こっちのほうがよっぽど信憑性があるわ!!となってしまって、その聖者を完全否定するようになるだけでなく、その国の聖者全てがインチキとしか思えなくなる・・・

           

           

           

          その昔、↑こーんな風に、私が盛大に期待を裏切られる体験をしたのは、インドのサティア・サイババとアガスティアの葉でした。

           

           

           

           

          まあ、今となっては、大半の人がどっちも胡散臭いものと思うかもしれないのだけど、あの当時に『理性の揺らぎー科学と知識のさらなる内側』に代表される青山圭秀さんの一連の著作を読んだ人ならば、それなりに理解してもらえると思います。

           

           

           

          私はまだ10代だったので、純粋に影響を受けまくって、インドには、3・4回行き、しまいにはアパートを借りて長期生活をするほどでしたね。長く滞在するようになったのは、また別の理由なのですが〜

           

           

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          それにしても、アガスティアの葉は本当に酷かった。あれは、"指紋を取るだけで、その人の運命が書かれた葉が出てくる" なんて代物ではなくて、指紋を取ってから、Yes/no方式で相手を質問攻めにして名前と生年月日を割り出し、そこから適当にホロスコープを作っただけのお粗末なものでした。(そーいや、ヴォイス社はその仲介やってたなあ)

           

           

           

          それで、何かってーと、「お前のカルマ解消のためにナディ・リーダーに○○ルピー払え」という館でねえ。いや、青山さんが行ったというアガスティア館だったはずなのですが・・・でも、今となっては、そんな事情通の日本人の話もどこまでが本当なのやら。

           

           

           

          そんなわけで、「アガスティアの葉」は、本に書かれていた個人の体験記と、現実との落差を私に強烈に教えてくれた記念すべきスピ物件でした。

           

           

           

          そして、インドから帰国した直後に『裸のサイババ』を読むと、自分がインドで見た"インド社会の闇"と合致したために納得できて、もう「インド人聖者」というだけで、全員詐欺師にしか思えなくなったものです。

           

           

           

          サイババの小児愛者スキャンダル等で沢山の日本信者が離れていく中、陰謀論的な観点から、「あれはマイケル・ジャクソンと同じようにでっち上げられたもの」みたいな意見を持っている人もいて、その時は、「麻原尊師が逮捕されたのは陰謀だ!」とか言ってるオウム信者のような心理に思えたのですが、まあ、実際そういう意見になる根拠もわからなくはないのです。

           

           

           

          未だに、サイババって一体何だったのか判断がつかないんですけどね、私。一時期はサイババを完全否定するようになったけど、少なくとも、『サイババの奇蹟ーインドの聖者の超常現象の科学的研究』を読む限り、あの人、初期の頃はそれなりの超能力があったんじゃないですかね。いや、仮に超能力があっても、全知全能の神なわけがないけど。

           

           

          ****

           

           

          私は神様を求めてインドに行き、結局、無神論者になって帰ってくるほどにインドで色〜んなトラウマ体験をしました。(無神論者になった最大の理由は他にあって、もっと複雑だけど)でも、冷静に考えてみると、別にサイババが直接、私に何か酷いことをしたわけではないんですよね。単に、「私に何にもしてくれなかった」だけであって(笑)

           

           

           

          それは、私自身が、神聖なものがあるとすれば、自分の外側にある何かが導いて助けてくれるはずだ、と思い込んでいたので、特定のグルに精神的に依存しまくった結果、盛大に失望しただけ。まあ、この感覚は当時のババ様信者でないと理解できないかも。なんかサイババって特殊な存在だったんですよ、他のインドの悟り系グルではこうはならないんじゃないかなあ。

           

           

           

          『裸のサイババ』で、パンタ笛吹さんが「外側に神を求める時代は終わった」と書いているのですが、あれから17年経った今ではその意味が本当によくわかります。あの頃は、「神がいるのかいないのかもわからないこの世界で、内側の神もクソもないわ」としか思わなかったんですけどね。

           

           

           

          私が痛い目にあってきたのは、インド体験だけでなく、有料ヒーリングでも同じ。まったく、私は外国の名の知れた有料ヒーラーたちに、一体どれだけお金を貢いできたことでしょう。「試してみよう」という疑いを持ちながら受けているので、プラシーボ効果すらも無かったし、ほ〜〜んの少しでも、心や体に肯定的変化をした経験もありません。

           

           

          自分以外の神聖な何か頼って人生の問題を解決しようとして、何かを得られたことなんて無かったのです。

           

           

           

          あ・・・ジョンとヒーリングの話をしようと思ったら、インドの思い出話で終わってしまった。続きは次回に。

           

           

           

           

          ----------------------

          ちなみに、青山圭秀さんに関しては、全くネガティブに思っていなくて

          未だに、好きなくらい。専門は医学なのに彼の文才は素直に尊敬。

          インドも、メディアの報道だけ読むと誤解が多い国で、時々、擁護したくなる。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           


          霊能者やヒーラーを断った素晴らしい効果

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            (前回からの続き)

             

             

            とにかく私は、これまで面白そうなヒーラーのヒーリングをかなり沢山受けてきたわけですが、そのヒーリングによって、心と体に何らかの肯定的変化が起きた経験というのが、ただの一度もないんですね。勘違いはあれど。

             

             

             

            例えば、肉体面で「便秘が治った」「冷え性が改善した」ぐらいの変化でもあれば嬉しいし、「心の奥底にあった○○への恐怖心が消えた」のような精神面の変化でもあれば、それなりに満足できるのですが、本当にポジティブな変化そのものが、ま〜ったく無かった。逆に毎回、期待外れで落ち込んだだけ(笑)

             


            そんなくらいだから、私が肉体的に一番治したいものの治癒なんて、カスリもしねえやい!という。

             


            正直、自分がスピリチュアルな個人セッションに使ってきたウン十万円のお金を、ホームレスのおじさんたちに配ってあげていたとしたら、そのほうが、よっぽど幸せな気持ちを得られたのだろうなぁ〜と思います。本気で。

             

             

             

            しかも、伊勢白山道さん式の見解だと、私のようなタイプは、有料先生からの霊的エネルギー被爆が酷い状態ってことになるそうで。ははは・・・(´∀` )うーん、10年前は「何もそこまで言わんでも」と思って伊勢さん説をスルーしてたけど、我が身で人体実験してたらあり得るかもと思えてきた。
            http://isehakupedia.wiki.fc2.com/wiki/%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0

             

             

             

            私の場合は、悩んでいる体の症状が医学ではどうにもならない類のもの(少なくとも10年位前までは)だったのと、スピ世界で流行の面白そうなものは試さないと気が済まない悪癖というか、単なる好奇心もあって、色んな有料ヒーリングを受けていたのでした。

             

             

             

            ちなみに、一体どんな肉体的症状に悩まされているのか、私と会って指摘できた霊能者やヒーラーはただの一人もいません。一見すると私は、いたって普通の元気な人なので。

             

             

             

            *****

             

             


            でも、ある時、さすがにアホらしくなって、「今後はもう一切、こんなことにお金は使わない!」と決意したんですね。

             

             

             

            それは、ハイアーセルフを降ろすというマルコニクス・ヒーリング(別になにも降りてこなかったぞ)と、チャクラの周波数を○○次元にまで変容させるとかいうヒーリング(チベット体操でもしたほうがマシだった)と、その的中率に驚いた人のたちの体験談が評判だった霊能者(むしろその見当違いなリーディングに驚いた)の個人セッションを立て続けに受けて、15万くらい使った直後のことです(笑)

             

             

             

            いやぁ〜そしたらね・・・どういうわけか、そんな強〜い決意をしたその日に、自分が治る可能性を持った医療の情報を見つけたんですよね。

             

             

             

            保険が効かないので200万円近くかかるのですが、でも、"神頼み"ではなく、現実的な道が開けたことで一気に自分の意識が変わりましてね。そのせいか、受けることを決めて2か月後には、治療に使うには十分過ぎるまとまった現金がポポーン!と入ってきました。

             

             

             

            それで、現在もクリニックに通い治療中なのですが・・・本当に受けてよかった。もう、明らかに良くなっていくのがわかるから日々、ワクワクなのですよ(感涙)。この心の変化が大きかったのかなあ、ついでに、長年どうにもならなかった慢性症状まで治っていくし。

             

             

             

            ・・・・そう、私に霊的なヒーリングなんて必要が無かったのです。

             

             

             

             

            ていうか、どんな方法であれ、癒しはその人自身の力によって起きるのですが、プラシーボ的な効果を考えても、私の場合は、霊的なヒーリングではダメで、医学的根拠のある方法じゃなければ無理なタイプ・・・ってだけかもしれません。

             

             

             

            おまけに、霊能者&ヒーラーたちを精神的に断ち切った直後の私の運気の好転ぶりは凄かった。きっと単に希望を与えられて意識の周波数が上がったからだと思うけど。あの伝説のライト氏のように。

             

             

             

            とにかくですね、私は言いたい。もしも、多くのヒーラーのヒーリングを受けても、病気や悩んでいる症状が全く良くならない人がいるとしたら、それは、あなたが「治らない運命」を持っているわけではなく、また、神聖な何かから拒絶され、見捨てられているわけでもない。むしろ、自分で自分を癒すことができる人である可能性が高いってことなのです。

             

             

             

            *****

             

             

             

            かといって、ヒーリングを受けまくってきたことを別に後悔はしていないんですよね。
             

             

             

            だって、気が済むまで散々やりまくった結果、おかげで何かが自分の中でプチンと切れて良い方向転換ができたから。ホラ、私って、スピ人間から無神論者へ。自殺志願者から、生かして頂いてあざーす状態(・∀・)・・・みたいな、とにかく極端から極端へ走る人間なのでねぇ、、、(アホなんだろう)

             

             

             

            現実的な可能性と自分自身の力を信じずに、ふわりふわりと夢見心地なヒーリングを受け、外側の何かに頼っては迷走しまくった結果、強く決意しました。

             

             

             

            それは、もうこうなったらこの先の人生、自分の中にいる神と、自分自身の体の細胞(遺伝子)を徹底的に信仰してやろう!・・・と思って。

             

             

             

            だって、この信仰にお金は一切かからないし、期待を裏切られようと失望しようと相手は他でもない自分自身。それなら悔しくもねーやい、もう被害者意識は捨てて、自分の体のために最善の努力をして、信じ切って、チヤホヤ褒めちらかしてやろう、自分神様、自分の細胞様、自分遺伝子様万歳!ナムナム・・・(−人−)というわけですよ。

             

             

             

            はい。ようやく私は、あの失望だけを受け取ったヒーラーたちに高い授業料を支払って、そう決意するに至ったのでした。めでたし、めでたし。

             

             

             

             

             

             

            ------------

            あ、あら?結局、またジョンの話ができなかった。

            ちなみに、私の体の問題は現時点では理由あってネット上で詳しく話すとマズイの。曖昧ですみません

             

             

             

             

             


            メッセンジャーはどこか必ず胡散臭い法則

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            これ、「真理は隠される法則」にも通じることなのですけども、、、

             


            霊的な能力があり、死後世界について語るメッセンジャーは、どういうわけか誰もが、必ず、何らかの疑わしい部分がある・・・って思ったことありませんか?

             

             

             

            長い間、スピ世界を見渡してきましたが、これから逃れられている人ってホント存在しないな〜と思う。必ず、どこかに疑わしい何かの要素・噂・疑惑等を持っている。完璧な人がほぼゼロなの。信頼できそうなのは無名を貫いて死んだ外国人ぐらい。(単なる情報不足かも)

             

             

             

            まず、この不信感の原因に真っ先にあげられるものが、やっぱりお金の問題です。

             

             

             

            もうお金を稼ぐようになった時点で、世間から「金のための詐欺」と思われ不信感を持たれることは避けられません。が、大多数の霊能力者は、お金に関しては99%が全滅です。(みゆ調べ)

             

             

             

            いや、ここでは、霊的な能力を使ってお金を稼ぐことが「悪い」と言いたいわけではないですよ(許しがたいものは沢山あるけど)。善悪の問題とは全く別で、あくまで、"懐疑的な立場の人たちからすると不信の要素になる" という意味です。

             

             

             

            これ、生まれつき霊感があったり、特に証拠がなくても死後世界を信じることができるタイプの人たちにはわからない感覚かもしれません。

             

             

            ***

             

             

             

            しかし、「霊能力を使って"個人からお金を貰うこと"は、上の世界から固く禁じられている」として、無償で何らかの活動をしている人は、世界中を見渡すと沢山います。意外なことに日本にもいる。

             

             


            私が知る限り、この点に関して最も完璧だったのは、死後世界へ往来し、チャネリング能力に長けていた某日本女性で、彼女は、電話相談無料、セミナーほぼ無料(会場費割り勘)、施術無料の凄い人でした。霊的な能力を使って、悩んでいる人からお金を貰うことのエネルギー的な怖さを向こうの世界からよ〜く指導されていたそうで、贈り物を貰っても必ず返すくらい徹底していた。

             

             

             

            彼女にはそれが可能な家庭環境が揃っていたのですが、考えてみれば、そもそも霊界が誰かを選んで何らかの「使命」を与えるのならば、こういう人に与えればいいはずなのです。金持ち専業主婦とか、資産家年金暮らしとか、困っている人たちからお金を貰わなくても生活していける人なんて、実は世の中には沢山いるのだから。

             

             

             

            では、お金に関して殆ど完璧に信頼できる人であっても、こういうタイプの人に疑わしい要素が一点の曇りもないか?というと、これがまたそうはいかないんだな。

             

             

             

            例えば、無償の活動をしている人が、政治権力を持った組織に所属していたりすると、アウトなのです。いくら無償活動であっても、信望者たちの政治思想に変化を起こせるほどの影響力を持ち始めたとき、どうしても広報工作員という仮説が成り立ってしまうから。巨大権力を持つ組織に利する情報を広めていると、これが怪しい要素になる。

             

             

             

            なんてったって、宗教・スピリチュアルには、政治を動かす凄い力がありますからね。霊的な視点から政治を語られてしまうと、元の考えがコロっと変わったり、影響を受ける人は多いのです。あ、これに関しても、実際にそういう人がいるとか、霊能者は政治に言及するべきではないと言いたいのではなく、あくまで、仮説が成り立ち、"疑いの要素になる" という意味。

             

             

             

            あと、何年か前に買った本には、とても面白い霊界往来体験記が書かれていたのですが、著者の盗作騒動のゴタゴタで折角、素晴らしい内容なのにどこかケチがついてしまった、ということもありました。

             

             

            ***

             

             

            私ねぇ、これまで散々、スピリチュアルな物件に騙され、失望した経験を繰り返してきたので、特定のスピ物件に関しては、まず最初に「それが嘘・ニセモノである可能性」のほうから考えるクセがついちまってるのです、悲しいことに。

             

             

             

            だから、そういう私の基準からすると、はっきり言って絶対に信じられるような完璧なメッセンジャーというのは、いないのです。

             

             

             

            ・・・いないのですが〜、「あ、、このメッセージのこの部分は本当なのだろうなあ」という内容を語っている人は沢山います。その根拠は、自分のこれまでの経験に照らし合わせてそう思うだけなのですが。

             

             

             

            ただ私自身が、唯物的な視点で判断しなくなったことと、体外離脱を異次元世界体験だと確信するようになったこともあり、霊的体験を主張する人に対して、「嘘をついている可能性」という観点からは殆ど疑わなくなりました。

             

             

             

            やっぱり彼らだって、生活のため、家族を養うために必要だからこそ、お金を稼ぐのであって、丸きりハナっから嘘をついて商売道具にしている人はいたとしても少数派なのだろうなぁ、とは思うようになりました。

             

             

             

            それより何より今は、「この人、低次の幽界霊に騙されてるんだろう」とか、「その体験、幽界のパラレル世界の一つだろう」とか、そっち方面の疑いが多いのですよね。

             

             

             

            (つづく)

             

             

             

             

            いつも、どうもありがとう。

            ブログを読んでくれた人たちの

            幸せをお祈りしています(−人−。)


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