感謝で極貧生活から抜け出したジョー・ヴィターレ

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      ジョー・ヴィターレ

        鉛筆に感謝してお金持ち

     

     

     

    『スピリチュアル・マーケティング』で有名なジョー・ヴィターレなんですけどもね。ええ、あの『ザ・シークレット』のビデオにドヤ顔で出演していたイタリア系のおじさん(顔と名前から推測)。この人の『思い出すだけで、人生に奇跡が起こる』というダニエル・バレットとの共著本の中に、貧乏時代のジョーさんのとてつもないエピソードが載っていました。

     

     

    それは、どれだけ状況が最悪に思えても、今、自分が持っているものに感謝することが人生の転機になったというお話です。

     

     

    このジョー・ヴィターレさん。その昔、ホームレスだった頃には空腹のあまり食べ物を万引きするような有様だった人です。その後も月給200ドル(約2万円)の赤貧生活をなんと15年間も続け、そこからどうしても抜け出すことができなかったそうな。そんな彼が、今じゃすっかりお金持ちですからね。

     

     

    「私に感謝できることなんか無い」という人は是非、次のお話を読んでみてください。

     

     

     

     

    ----------------------『思い出すだけで、人生に奇跡が起こる』より

     

     

     

    長い間、私は貧乏生活を送っていました。

    でも、図書館の本を読んだり、無料の講演会やイベントに出かけ、自分を鍛えてはいました。

    否定的な考えを頭から掃除して、悲惨な状況から逃れようと、最善を尽くしていたのです。

    そんな折、私は感謝について耳にしました。

    感謝の気持ちを抱いていると、内面の状態が変わり、続いて外面の生活も変わっていくと、教えてもらったのです。

    それが正しいことはすぐに理解できましたが、心ではこの考えを受け入れられず、抵抗する声も聞こえてきました。

    「感謝できることがないのに、どうやって感謝しろっていうんだ?」

     

    感謝するのをこのように頑固に拒んでいたのですから、私が貧乏からずっと抜け出せずにいたのも無理はありません。

    ある日、私はこの「やっても意味がないと思っていた感謝」を試してみる気になり、自分の小さな部屋を見渡してみました。

    あまりにも狭くて、小型テレビとタイプライターがトイレに置いてあるほどでした。

    私は鉛筆に目を留め、ふと手に取ってみました。

    この古い鉛筆の端には消しゴムが付いていました。

    こんなありふれたもので感謝を抱くことを始めたのです。

     

    「そうだ、この鉛筆で、買い物リスト、ラブレター、歌、遺書、素晴らしい小説も書くことができる」と、

    実際には何の感慨もなく、ぶつぶつとひとり言を言っていました。

    しかしこの木の鉛筆の積極的な利用法を考え、口に出しているうちに、内面に変化が現れてきたのです。

    鉛筆に畏敬の念さえ抱き始めました。私は鉛筆の端を眺めてみました。

    「すごい!消しゴムが付いてるぞ!」と私は叫びました。

    そのときには、心からそう思えるようになっていたのです。

     

    この鉛筆の発明者は天才だ、と肌で感じ始めました。

    それは基本的には単なる棒に過ぎませんが、人を驚かすようなことを書くことができるし、

    書いたことが気に入らなければ、消しゴムを使って消すことだってできます。

    なんという魔法でしょう!

    この鉛筆のエクサササイズを数分した後、私は今までとは違った気分になっていました。

    心は軽くなり、幸せな気持ちになり、顔には笑みさえ浮かんでいます。

     

    小さな部屋を見回して、そこにあるものにも感謝しました。

    これが私の人生の転機になったのです。

     

    今、私はときどき、熱いお風呂に入って、星を眺めながら、豊かで、素敵な生活を送ることのできる自分の人生に感謝しています。

    かつていた場所と今いる場所は、あまりにも劇的な違いがあり、まるで過去は前世のように感じています。

    この転機は、今すぐ感謝の気持ちを抱くことで始まったのです。

     

     

     

    ----------------------

     

     

     

     

    す・・スゲーよ!!ジョーさん!!(・∀・)鉛筆(消しゴムつき)にそこまで感謝できるなんて(笑)このド変態めが。 さすがはホームレスから億万長者にまで伸し上がっただけのことはある!!凡人には絶対真似できないその感性と発想には尊敬するばかりです!!

     

     

     

    いや〜これ読んだ時は驚きました。まったく私ときたら、断捨離とか言ってブランドバック捨ててる場合じゃなかった。擦り切れたシャネルのバックでも、ジョーさんであれば感謝のあまり絶頂に達してしまったことでしょう。

     

     

    試しに私も100均で買った三色ボールペンにそこまで感謝できるのかどうかをやってみたのですが・・うーん、決して幸せな気持ちにはなれなかったよ。断言してもいい。この三色ボールペンがあろうがなかろうが私の人生には何の影響もないです。まったく、ジョー・ヴィターレはおめでてーな!(・∀・)

     

     

    この実験で、達人ジョー・ヴィターレの域にまでいくには相当の修行が必要だということはよくわかりました。

     

     

     

    *****

     

     

     

    でも、これは言えます。私自身も、自分が持っている当たり前のことに感謝ができるようになってから、人生の暗黒期を脱出することができたので、人生を変えたいと心底思うならば、不満は一時封印して感謝を徹底的にしてみることが物事を好転させる最良の近道だと思います。内心は不満だらけなのに、イメージングだけしてても効果がないんだな。

     

     

     

    私の願いは金銭的なことではなかったのですが、とりあえず自分が持っている豊かさに感謝する生活を日常的にしていたら、昨年は、1800万円近くのお金が一括現金で入ってきました。

     

     

    いや、支出が多いから大歓喜とはいかなかったのですが、このうちの500万円くらいは予想外の幸運としか言えないお金だったので、この部分は引き寄せと言ってもいいかも。やっぱり、感謝は凄い力を持っているんだなあと実感できた出来事でした。(´∀` )

     

     

    今までの私は願いが叶う前から感謝などしたところで、もし何も得るものがなかったら損するだけと思っていたのですが、これは大間違いでした。感謝で失うものは何もない。それどころか、色んな幸運がやってくるとわかるまでに随分と時間を浪費してきました。15年前にこれに気づいていたらなぁ・・って心底、思います。

     

     

     

    さて、次回はそんな感謝を極めることで真我と繋がり、次々と願いが叶う世界に入った人のお話です。

     

     

     

     

    追記:

    ーーーーーーーー

    『スピリチュアル・マーケティング』を読んだことのある人ならば、
    ジョー・ヴィターレーの人生を変えたのは、ダグラス・ノーメントというヒーラなのではないか?と、思うかもしれません。
    確かにそうも思うのですが、いやいや、そんな凄い人物に出会えること自体、彼に準備が出来ていたんじゃないかと。

    ジョー・ヴィターレの話を聞けば「私も!」となってしまい
    私は世界的ヒーラーと云われる人の個人セッションを沢山受けてきましたが、
    全員が何の変化もなく、何の効果もなく、単なるお金の無駄使いに終わりました。
    結局、変化はまずは自分の力で起こさなきゃいけない。
    今では、その全てのお金をホームレスにあげてれば良かったと本気で思っています。

     

     

     

     

     

     

     

     


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    真我に目覚めれば願いが次々と叶う

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      「真我に目覚めれば願いが次々と叶う」ということを言っている原久子さんという人がいるんですね。

       

       

       

      私は原久子さんのことを、『心とからだのデトックス』で知ったのですが、この方はそこらの、ゆるふわっとしたスピリチュアル職業の女性とは一線を画すところが多くて、個人的に好きなのです。

       

       

       

      原さんは、長い間、アトピー性皮膚炎に苦しみ、腎臓は透析一歩手前の状態で、肝臓は常に鉛が入ったような鈍重肝、腸は下剤を飲まなければ動かず、視力は0・01の強度近視ときて、一年中、ぎっくり腰やら膝痛やら風邪といった体調不良に悩まされる虚弱体質だったそうです。

       

       

       

      そんな原さんも、ジョセフ・マーフィー博士の本に傾倒するようになってからは、心が現実を創造する仕組みを信じるようになり、毎日のように夢や希望をイメージしていたのですが、何年経ってもそれが一つも叶うことはなかった。この原さんの「イメージ」というのがかなり本格的で、朝一時間、夜一時間、ストレッチや呼吸法、瞑想、お祈りをしながら願いが叶ったときのビジョンを8年に渡って思い描いていたそうです。

       

       

       

      まあ、こういう人は沢山いて大概は、「思考は現実化するなんて嘘っぱちだ!」となるのですが、原さんはそうは思わなかった。そして、「私は自分の願いが叶うよう毎日瞑想をし、その願いが叶ったビジョンも描いているのになぜ一つも叶わず、いろいろなことが思うようにいかないのでしょう??」と、あの高橋信次氏に相談したそうです。

       

       

       

      その時の高橋氏の答えが、「あなたが何を願っても叶わないのは、心が曇っているからです。心の曇りが晴れればあなたの望みが全部叶う世界に入れます」というもの。

       

       

      ****

       

       

      この「心の曇り」というのはですね、勿論、心が汚いとかそういうことではなく、幼少期から今までに渡って潜在意識に蓄積され続けてきたマイナスの想いのこと。

       

       

      人は皆、自分の潜在意識の更に向こうに、真我・宇宙意識・内在神というような大いなるものがあって、それをつないでいる回路に、人生で積み重ねてきた不安、恐れ、怒り等のマイナスな想念が詰まっているから、結局、願いが叶わない〜という理屈です。

       

       

      そうそう、『借金200万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ』(長いな)の小池浩さんの場合は、この自分の潜在意識のパイプに詰まったドロドロのネガティブ思念を「ありがとう」を何万回も唱え続けることでクリーニングして、宇宙とつながったという感覚を得たわけですが、原さんの場合は、この心の曇りを晴らすために、これまでの自分の人生を振り返る内観を行うことから始めました。

       

       

      結局、人が持つ願望実現において大きな壁となるのは、潜在意識と宇宙をつなぐパイプの詰まり問題なので、どんなアプローチだろうとパイプ掃除が出来ればいいのですが、一つ重要なキーワードがあって、それがやっぱり、どうして、どういうわけか、感謝なんです。

       

       

      原さんはその心の曇りを何とか晴らそうと、これまでの自分の人生を振り返って内観を重ねるのですが、そうこうしているうちに、ある日、突然、感謝の泉のようなものにぶつかり、その後に真我とつながる感覚を得ます。

       

       

       

       

       

      -----------------『真我に目覚めれば願いが次々と叶う』より

       

       


      私が感謝の泉にぶつかった瞬間は、突然訪れました。

      私は二十代後半の頃からピアノ演奏の仕事をしていたのですが、
      ちょうど三十代になった頃、何度か内観をした後のことです。

      ピアノの演奏の仕事をしていた二月の帰り道、寒い中、交差点の赤信号を待っていました。

      そのとき突然、感謝のエネルギーが内側から沸き起こってきたのです。

      そのとき、私はムートンのコートを着ていたのですが、
      ムートンのコートを着ている自分の姿に感謝の気持ちが湧いてきたのです。

       

      「こんな寒いときにこのコートを着られる状況って、なんてありがたいのだろう」
      と思って涙が出てきました。
      次に、羊に感謝しました。

      このコートを提供してくれたのは羊のおかげだと思い、
      羊に対して「本当にありがとうございます」と心の中でお礼を言っていました。

      今度はコートを作った人に対する感謝の気持ちが出てきます。

      すべての感謝が連鎖していきました。

       

      そして今度は毎日仕事をさせていただいて、お給料をくださる社長さんに対する感謝の気持ちが出てきました。

      さらに寒いのに帰る家があることにも感謝していました。

      青信号になったとき、「私には歩ける足がある。ありがたいな」と思ってまた感謝です。

      そして物を持てる手がある。目も見える。なんてありがたいんだろう、と次から次へと感謝の連鎖が始まって、
      涙が止まらない状態が半月ほどありました。

      私はこのようにして真我と出会うことができました。

       

       

       

      -----------------

       

       

       

       

      こうして原さんが真我とつながってからは、今まで治らなかったアトピー性皮膚炎が完治し、腎臓は正常におしっこが出るようになり、肝臓の不調や便秘は治り、なんと近視までもが眼鏡の要らない視力になったそうです。それから原さんは肝臓が原因で顔中シミだらけだったのが、シミが消えるイメージを描き続けていたら、この顔のシミも全て消えてしまったとのこと。(注:癒しの時系列は正確じゃないかも)

       

       

       

      うーん、心の力って凄い。本当に心の力は凄いけど、潜在意識のパイプ詰まりがあったら、どうにもならないということなのかな。(・ω・。)

       

       

       

      まあ、そんなわけで私も今まさに、自分の人生を振り返って、各チャクラごとに詰まった汚れのクリーニング作業中です。原さんが「集中して内観したら、憑いていた浮遊霊の類が取れて体が軽くなった」と言っていましたが、私もまさにそんな感じ。今後が楽しみでワクテカしてます。(*´ω`*)

       

       

       

       

       

      ーーーーーーチラシの裏ーーーーーー

       

      ところで原さんが相談した高橋信次氏なのですが、原久子さんが高橋氏に相談したとき、「あなたは中学校の時、こういう先生にこんな内容の手紙を書きましたね」などと、原さんしか知らないようなことを話したらしいのです。なんでも、原さんのアカシックレコードを読んだとか言って。私、高橋信次氏って、なんか新興宗教の教祖だった人ぐらいにしか思っていなかったのですが、小林正観さんも高橋信次氏に言われた未来が実現したという逸話があることを考えると、もしかして、この人は凄い人だったのかも。

       

       

       

       

       


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      せめて自分が主人公の空想を

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        昔から、私が体外離脱でよく行った領域はエーテル界なのですが、このエーテル界ってね、つまんないです。つまんないのだけど、エーテル界で見たもの、存在していたものが、現実世界でいつの間にか反映されていた・・・という経験をする領域でもあったのですね。

         

         

         

        もう、長い時間をかけてこの仕組みが見えてくると、ダスカロスが言うところの「思考的欲望」というやつで、意図的に人生に有益なエレメンタルをがんがん作らなければ損だ!と思うようになりました。

         

         

         

        が・・それにしてもね、そういう損得で考えた時、これまでの自分のゴミのような思考の数々に思いを馳せてしまうわけです。

         

         

         

        例えば、私がやっていたような「物語」をつくることによって、人物キャラクターを非物質領域で具現化させてしまうほどの空想癖って、どうなのでしょう。

         

         

         

        もしこのタイプの空想を、小説、漫画、同人誌などの創作活動で還元している場合は、ちゃんと実りある行為なのですが、そうでない場合は、ホント、単なる思考エネルギーの浪費に過ぎません。もちろん、悩んだり恨んだりするよりは、空想でもして楽しく現実逃避したほうが遥かに有益なのですけど。

         

         

         

        ***

         

         

         

        この思考エネルギーの浪費っぷりに関しては私は凄いですよ。なんてったって、子供の頃から頭の中でよく、映画のストーリーを一本完成させていましたからね。もう自分でつくった脳内映画の感動巨編に涙する有様です。アホかと。今となっては、くだらない自分に涙します。

         

         

         

        これは映画監督とかプロデューサーがするような類の空想なのですが、かといって、私自身、映画をつくりたいとか映画監督になりたいというわけでもなく、この衝動がどこからくるのかサッパリわかりません。

         

         

         

        そんな無駄としかいい様がない生産性ゼロの空想ですが、向こうの世界で、自分が空想してきた登場人物が幽霊のごとく動き回っているのを見たときは感心すると同時に呆れました。思考のパワーって凄いなって。いや、連中と会話してもつまんないけどね。

         

         

         

        まったく、あれほどの情熱でもっと自分の理想の人生を思い描いておけばよかった。

         

         

         

        今のところ、こういう"自分が主人公ではない" 類の空想は無駄でしかないと思ってはいるものの、これが100%人生に影響を及ぼすことは無いと言い切っていいのかはわかりません。これまで幾つか気がかりな経験があったから。

         

         

        (つづく)

         

        せめて自分が主人公の空想を

         

         

         

         


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        せめて自分が主人公の空想を

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          (前回からの続き)

           

           

          その一例として、私の中で長い間、"ある夫婦の子供"という設定で空想し続けてきた小さな女の子がいたんですね。

           

           

           

          女の子の顔はポストカードの少女をモデルにしていて、その空想は、自分の娘とか脳内映画の登場人物・・というものとも違う。とにかく、"よその夫婦” から生まれた女の子の成長を他人の立場で傍観するかのような空想を、なぜか私はずっとしていたんですよ。

           

           

           

          ロリコン男性でも子供好きでもないのに、そんな夢想をする理由なんて一切無いのですが(子供が欲しいと思ったこともないし)、どういうわけか、非物質世界に具現化させてしまうほどの勢いで思い描いていました。

           

           

           

          そしたら不気味なことにさ、、姉が産んだ子供が私の空想の女の子にビックリするほど激似なのです。姉とは似ても似つかない顔立ちなのに、ほぼ同じ顔ってくらいに似ている。

           

           

           

          そしてまさしく私は現実に、この姪っ子を赤ちゃんの頃からよく世話をして、この子が幼稚園へ通い、遊び、日々成長していく過程を他人の目線で傍観することになりました。

           

           

           

          ***

           

           

           

          これ、一人の人間丸ごとなので、こんな大それたものを私が現実に反映させたとは思えません。が、しかーし、自分の今生においてそれが可能となる条件が合致した隙間を狙って現れたかのようでもあり、なんだか悔しい。

           

           

           

          そーいや、私の作っていた脳内映画にしてもそうです。私はこの脳内映画を、映画の制作現場の状況までも「観察者」の視点で思い描いていました。普通ならば自分が女優や映画監督というポジションで登場して妄想する気がするのですが、そうじゃない。観客のように全体を観察するだけで、そこに"私"という主人公は登場しません。

           

           

           

          そしてこれまた私の人生において、女優や俳優たちが台詞合わせや演技の稽古をする姿を仕事上、観察する・・・という日々がありました。別にその仕事を強く望んだわけでもないのに。

           

           

           

          まあ、ちょっと気になる点といえば、このくらいですかね。だから、自分が登場しない仮想現実の空想は本人に何の影響も与えない!とまでは断言できない気もするし、かといってこれが思考のパワーだ!というほどでもない微妙さ。

           

           

           

          一つ言えるのは、何の執着も無く、「叶わなかったらどうしよう」という不安感が全く無く、それでいて夢中になるような空想は、エーテル世界での具現化力が高い。そしてそれが、投影した本人の今生の環境的条件を満たしていた場合には、現実に反映されることもあるのかもしれません。

           

           

          ***

           

           

          教訓:

          どうせ思い描くならば、自分を主人公にした空想をしたほうがいいでしょう。

          傍観者の空想をしていたら、現実もやっぱり傍観者。(´∀` )ハハハ...

           

           

           

           

           


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          真理は隠される仕組み

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            以前、私が出会った人の中に、臨死体験のような覚醒を経て以降、霊界体験がとても豊富・・という男性がいたんですね。サワヤカな好青年だったのですが、この人とあの世や体外離脱について楽しくお話したとき、彼がこんなことを言っていたのです。

             

             


            「なんか霊界ってね〜、絶対にあの世の法則に関して、世界中の誰もが認めてしまうような確実な証拠は出さないようにしてるみたいなんだよねぇ〜わざと」

             

            ・・・って。

             

             


            これね、私もずっと思ってきました。特に真理に関しては、どうも地上の人間には絶対確実なものを示さずに、人間を試しているフシがあるなって。

             

             

             

            こういう「神様に試されてる」的な発想はクリスチャンみたいで好きじゃないのだけど、でもやっぱり、人間のの魂の有り様を試すには、こうするしかないのかなあ。

             

             


            例えば、輪廻転生というものがあって、今生の生き方が来世の環境に影響するという法則を誰もが確実に信じている世の中になってしまったら、自分の来世のために奉仕的な行為をするという人間も続出するでしょうね。偽善でも出来るだけ偉いけど。

             

             

             

            ***

             

             

             

            でもそいつは杞憂というもの。だって、輪廻転生があると思えるような情報と共に、そんなもんないよ!と思えるような情報もちゃーんと用意されているから。それは唯物論の観点からだけでなく、死後世界を信じる立場の情報からでも、盛り沢山です。

             

             

             

            選べる宗教の選択肢がロクに無かった100年前とは違って、現代は大抵の先進国ならば霊的真理に関する情報はより取りみどり。とはいっても今は今で、スピの狭い枠の中だけでも逆に情報が氾濫しすぎて迷うようになっています。

             

             

             

            例えば、昔から精神世界にある、以下のような相反する主張の数々・・・

             

             

             

             


             ゚Д゚  )
            「人は魂の成長のために生まれてくるのです。

            人間において最も大切なことは、奉仕の心と利他愛です。

            人生における苦しみもそれは過去世のカルマを清算できるありがたーい機会。

            もし人が過去世の全てを覚えていたら、自分の宿命的な境遇にも納得できることでしょう。
            地上では社会的に成功した人が尊敬されますが、霊界ではむしろ逆です。
            幸福で恵まれた人というのは、実は魂レベルではまだまだ初級者であることが多いのです。
            そして、地上において障害が多く苦しんだ人は魂の上級者であり、

            霊界では、苦難によって魂を磨いた人ほど尊敬されるのです。
            他人に行った行為はいずれは自分にかえります。仮に不貞行為を行えば、

            今生、もしくは来世で配偶者から同じ裏切りにあう因子を作るでしょう。」

             

             

            ◆福∀・)
            「私たちはこの地球に、喜びと幸せを体験するために生まれてきました!
            ワクワク楽しく情熱に従って生きる引き寄せのマスターが、振動数の高い人です。
            過去世のカルマ??HAHAHA!!そんなものはありません。

            しかし、あなたがカルマを信じるならば現実になります。
            苦しみや貧しいことは美徳ではありません。
            単にその人はそーいう経験をしてみたかったのです。
            不倫?それはこの地球で設定されているルールに過ぎません。
            進化した高次元の惑星ではパートナーシップは束縛するものではなく、
            お互いが自分の有りのままでいることを許し、ただ愛しかありません。
            宇宙には良いとか悪いとか、善悪はないのです。ジャッジを手放しましょう。

            ところでクジラを食すのはいかがなもんでしょう?」

             

             

            ****

             

             

             

            1番で「そうか、利他愛か!ボランティアでもしてみっか!」などと思っても、あらま!ちゃんと2番で、自分の欲望と幸せだけを追求する人が出てくるように出来てる。

             

             

             

            「将来、引き寄せが成功して大金持ちになったら寄付しよう」などと夢想し、何もしないうちにあの世逝き・・・みたいな人もいたりして。

             

             


            いやこれ別に、,正しくて△間違っているということが言いたいのではなく、1番も2番も、きっと、それなりに正しい部分はあるのだろうけど、信念が極端に偏るとおかしなことになるんじゃないでしょうか?

             

             

             

            やっぱり、自分がどんな教えに特に共鳴して何を実行に移すかで、その人の内面が曝け出されるってものですな。どのような人生哲学で生きるべきか?何をどう選ぶかは、もう完全にその人次第。(´∀`∩)

             

             

             

             

             

             


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            真理は隠される仕組み

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              (前回のつづき)

               

               

               

              例えば、この私。自分が不幸になったのと同時に霊的なものを一切信じなくなった時期がありました。

               

               

               

              こーなるともう、とことん人間性が歪みきって、クズっぷりを周囲に露呈していました。幸せいっぱいの新婚兄嫁にケリを入れるわ、兄貴のネクタイ切り刻むわ、暴れて母親の首は絞めるわ、まー、酷いもんです。当時、うちの親もよくぞ私を飼い続けてくれた。

               

               

               

              つまり、これが私の素の魂レベルということなのです。いやー、お恥ずかしい。(´∀` )ハハ・・

               

               

               

              それ以前の、幸福でスピリチュアルなことを信じていた頃の私は、自分はそれなりの良い人間だと思い、随分とキレイごとを言っていたものです。それがこのざまだよ(笑)m9(^Д^) まったくプギャーとしか言いようがありません。

               

               

               

              やっぱり、自分が幸せで何らかの信仰を持っているような状態では、本人の魂の実態はわからない。不幸のドン底+無神論者みたいなコラボ状態でありながらも、周囲の幸せを考えられる人というが一番凄いのでしょう。

               

               

               

              ちなみにこれ、ちょっとやそっとの中途半端な不幸では化けの皮は剥がれません。本人的に「そんな状態になったら絶対自殺したほうがマシ」ぐらいのものでないと。

               

               

               

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              ただ唯一マシな点があるとすれば、むしろ私は霊的なことを一切信じなくなってから、以前にも増して、ホームレスのおじさん達にお金や食べ物等を渡す・・という行為を繰り返すようになったことです。

               

               

               

              なぜかというと、神も仏もないこの世界で運悪くそんな境遇に陥ってしまっただけの人たちなんだと、本気で同情したからなのですが。あ、でもコレ、別に偉くもなんともないのですよ。

               

               

               

              だってこの件によってわかることは、要するに私は、不幸+無神論者の状態に陥った時には、自分より不幸な人間には優しくできても、自分よりも幸せな人たちは気に食わずに毒を撒き散らす人間だったということだから(・∀・ ;)

               

               

              ***

               

               

              ところで皆さんは、前回で挙げた精神世界における二つのパターンの説のうち、どちらに共感します??実際は、この説のようにクッキリと分かれているわけではなくて、所々で混在している感じなのですが。

               

               

               

              どうもチャネリング系の本ばかり読んでいると、2番に偏っていく傾向がありますね。「引き寄せの法則」にハマるとかね。

               

               

               

              私は「引き寄せの法則」を否定はしないけど、かといって、このタイプの哲学だけに偏る生き方をおススメしません。というのも2番タイプの妄信的な追及は、1番よりも、しくじり率が高いと思っているからです。はい。(・ω・)

               

               

              (つづく)

               

               

               

               

               


               

               

               

               

               

               

               


              わくわくハッピー☆引き寄せの法則的な生き方

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                (前回のつづき)

                 

                 


                いや、ワクワクと自分の情熱に従って生きて、願望実現をしていく生き方それ自体は全然いいんですよ。私もこれは人生哲学の一つとして常に意識の中にありますし。

                 

                 

                 

                ところがこの生き方、一見スピリチュアルなつもりでも、気がつくと自分のことだけを考え、心の美しさや、「他人に与えること」という側面は、あまり重要視しない人間になっていることがあーる。私は、人生の幸福絶頂期にまさしく、そういう人間になっていました。

                 

                 

                 

                あの頃、沢山の願いがイメージするまでもなく叶っていくし、毎日が楽しくて楽しくて、次の日が待ち遠しくて眠れない日もあったくらい。常に根拠なき無敵感に溢れ、正直、私、調子こいてました。

                 

                 

                 

                そんな幸福そのものだった私に、不幸の第一段階である「逆・引き寄せ」が盛大に発動するとは思いもよらなかった。それは私が、熱心に引き寄せテクニックを使ってイメージングしていたもので、なぜか願望とは超間逆の悲惨な結果になったのです。

                 

                 

                 

                思えばこの時の逆・引き寄せ事件が、不幸のシーズン1第一章〜。結局、こいつが引き金となって、その後、人生崩壊級の大惨事に発展するのですわ。まったく、いい気分でワクワク楽しく生きてりゃーいいってもんじゃない。

                 

                 

                 

                その後の私が引き寄せの法則アンチになったたのは言うまでもありません。

                 

                 

                 

                ***

                 

                 

                 

                当たり前のことですが、「わくわくハッピー」状態で生きて願いをバンバン叶えているからといって、本人の霊性が高いとかではないです。私の場合、何不自由ない恵まれた環境にいたおかげで、やりたいことが好きなように出来ていただけ。

                 

                 

                 

                子供は毎日ワクワク楽しく生きて振動数の高い生き物といえますが、あれは別に霊的に進化・成熟しているとか、そういうことじゃないですからね。

                 

                 

                 

                冷静に過去の自分を振り返ると、あの頃の私は、身近な人に対する思いやりの気持ちに欠けた、本当に未熟な人間でした。もう子供と一緒。

                 

                 

                 

                当時、もし私に、現実的な最善を尽くす賢さがあり、現状の自分に満足して感謝できるだけの謙虚さがあり、心の美しさを磨こうとする姿勢があり、身近な人たちを思いやる大切さに気づくほど成熟していたならば、一連の不幸は全く違った結果になっていたと思います。

                 

                 

                 

                 

                なぜそう思うかって、、うーん、守護霊たちから聞いた話をヒントに、過去の出来事を一つ一つ分析していくと、どうしてもそういう結論になるのですよ。しかし、こういう一見、地味〜な精神論は、わくわくハッピー引き寄せの法則的な哲学では気づきにくいんだな。

                 

                 

                 

                私ときたらもう、幻想ってくらいに「人間の無限の可能性」とやらを信じて、夢と願望を巨大化させてましたからね。現状だけで十分すぎるほど恵まれていたのに、「もっと!もっと!」の無いものねだり状態。

                 

                 

                 

                そこには、根底に他人よりも優位に立ちたいという気持ちがあった。そう、これが一番いけなかった。

                 

                 

                 

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                あの〜、次のことは昔から宗教界・精神世界で言われ続けてきたことなので、もう耳タコすぎて、逆に「あっそ」と軽視しがちになるのですが、、

                 

                 

                 

                どうも人間というのは、あの世から「強く優しく美しい心」の持ち主になるように、自己を成長させていくことが求められていて、人がこの本来の目的から外れていくと、どこかで、しくじるようになっているようなのです。

                 

                 

                 

                人の人生で起こる一見、理不尽極まりない苦しみも、この目的が根幹にあってこそ。宇宙的な視点から、「善も悪もない」「カルマなんてない」と信じて他人の非に寛容な姿勢でいるのはいいのだけど、自分自身がこの目的から外れた行動・生き方をすると、いずれはブーメランでしくじる。

                 

                 

                 

                今生でなんとか乗り切っても、あの世で後悔するのか、来世なのか、どの時点で気づかされるのはわからないのですが。でも、この手の仕組みが確固たる証拠と共に世に示されることは、絶対ないでしょうね。もう自分の中にある神と繋がる以外には。

                 

                 

                 

                 

                だから世界中の誰もが、真理が隠されているこの地上で、目隠しされたように生きながらも、自分の良心に従って「答え」を見つけださなきゃいけない。

                 

                 

                 

                 

                ・・・と、向こうの世界を垣間見るうちに、こう思うようになりました。私がドヤ顔で言ったところで、説得力ゼロですけどね。とにかく、ネタバレ厳禁ルールで魂を磨いていくこの世界で、2番的な生き方はしくじり率が高いと私は思うわけです。はい。(´∀` ;)

                 

                 

                 

                 

                ------------------------------------------------------

                起きた不幸事件について詳しく書きたいところだけど

                訴訟問題のグダグダで、ネット上でも書くとマズイんだな、今のところ。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 


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                ある引き寄せカウンセラーの結末

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                新年明けましておめでとうございます〜。新ブログに引っ越してからは、ロクに更新もなく、記事数も70程度しか無いのですが、これまで沢山の人たちにアクセスしていただいて本当に感謝です。今年はちゃんと更新しますので、どうぞよろしく〜〜!(´∀`* )

                 

                 

                 

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                とあるチャネラー兼・引き寄せカウンセラーの話をしましょうか。仮にこの人をRさんとします。

                 

                 

                 

                Rさんは、一時期、スピ世界でもけっこう勢いのある存在でした。カリスマ性のあるRさんの講演会を聞き、本を読んだ人であれば、Rさんは天性の引き寄せ達人という印象を持った人も多いはずです。傍目から見るとこの人、潜在意識の力を使ってスイスイ自分の願いを叶え、パワフルに生きているように見える典型人だった。

                 

                 

                 

                本人曰く、「沢山の人がワクワク情熱を追求して願いを叶え、地球人の意識の周波数を上げるよう、お手伝いすることが私の使命!」ということでした。

                 

                 

                 

                でも次第にRさんからは周囲の人間が離れていき、Rさんは多額の借金を背負いこむ状態にまでなってしまいました。金銭的に相当厳しい状況に追い込まれたそうです。

                 

                 

                 

                Rさんは、「豊かさの引き寄せ」などの個人セッションをしていた人だというのに、一体どういうことでしょう?

                 

                 

                 

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                人間の生涯の裏にはあの世に逝って初めて知る複雑な背景が存在するようなので、勝手に他人が判断できるようなものではないとは思うのですが〜・・・でも私はRさんの話を聞いて、特に驚かなかった。

                 

                 

                 

                Rさんってねぇ、霊的な能力者が遵守しなければならない霊界の禁止事項を破っていたそうなんですよね。これは、Rさんと関わっていた別の霊的能力者さんたちから聞いた話ですが、この禁止事項とは、お金に関すること。よって、今はもうRさんに対する向こうの世界からのサポートは消えているそうです。

                 

                 

                 

                確かに常識的に見ても、Rさんは、ちょっと「えげつない商売」をしてはいた。(詐欺同然のものまであったし)・・・うーん、でも、このタイプの人はスピ世界ではとても多いし、Rさん以上に酷い人なんて、それこそゴロゴロいるんだけどなあ。

                 

                 

                 

                例えば、この前アメブロで見たのは、「宇宙の大本と繋げる遠隔ワーク10万円」ってやつ。まったく、相変わらず多くの人が、非常に斬新な手法で振り込め詐欺をしていらっしゃる。

                 

                 

                 

                ちなみにRさんは、宇宙人系のチャネラーだったのですが、コンタクトしていた宇宙人は、Rさんに「使命」を与え、散々、その気にさせておいて、最後には通信不能になったそうな。この宇宙人たちは、アミとバシャールを混ぜたような、凄くイイ話をする存在だったのに。

                 

                 

                 

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                大多数の人たちにとって、チャネリングの宇宙人というのは、例えるなら、どこかの霊能者が小学生の子供にスピリチュアルなことを教えてくれる・・・そんな程度の存在であり、間柄に過ぎないと私は思うわけです。勿論そこで良い影響だけを与えられるならいい。

                 

                 


                でも社会において子供が悪さをした時に、まず直接、制裁を食らわすことができる存在は誰かといえば、それはです、親。オイタが酷いと警察の厄介になる。この親にあたるのが守護霊であり、警察は地球の霊界にあたるのですが、この時、霊能者=宇宙人は、何も手出しできません。彼らは所詮、お客様。

                 

                 

                 

                霊能者の影響で、まだ小学生の子供なのに、「私は本来、自由な存在だ。親の所有物じゃない。親や社会は不当に自分を制約し、コントロールしている!」みたいなことを思っても、所詮は無力な子供。いや、これはもしかしたら、本当のことかもしれないけれど、まずは成人して自立して力と分別をつけなきゃあ。

                 

                 

                 

                やっぱり、その親元から生まれ、人間社会で生きる以上は、まずは自分の運命を直接どうこう出来る存在たちをナメてはいけない。まあ、生まれた時から親(守護霊)がネグレクト状態なので、ペラペラと色々教えてくれる霊能者(宇宙人)のほうに親近感を持ってしまうのも無理はないのですが。それでも、人間が一応、従っておいたほうがいいのは、親と警察なのです。

                 

                (↑傍目からすると、キチ○イの文章に見えるに違いない)

                 

                 

                 

                私が出会った人の中にはもう一人、地球外の存在(単なる悪霊かも)に洗脳され、選民思想的な夢を持たされた挙句、色々あって結局、最後には、霊能力を無くし、社会的には再起不能、みたいな状態になってしまった、、という人がいます。

                 

                 

                 

                彼も、ある霊界ルールを破っていて、人として心を磨く意識みたいなものが大きく欠落していた。だからか、自分が現実社会で受けた一連の不幸を、「霊界からの制裁」と言っていました。「(その地球外の存在は)圧倒的に守護霊より凄い力を持っていた」と思ったんだって。うーん、力の問題じゃないからなあ。

                 

                 

                 

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                それはともかく、Rさんの一件は、豊かだと思い続けていれば引き寄せでお金持ちに〜とかじゃないわな、ということを見せてくれました。やっぱり正統な理由なく、沢山の人からお金を貰っていればブーメランになる。

                 

                 

                 

                (あ、多額の借金だとか、困窮している人たちが自業自得であると言いたいわけでは決してないですよ。むしろお人好しすぎて借金まみれになった間寛平師匠のような例もあるし)

                 

                 

                 

                この世では、一見するとブーメランを食らっていないと思える人は沢山いるけれど、そんなの最後の最後のことはわからないと私は思うわけです。あの世って、けっこうシビアだから。

                 

                 

                 

                Rさん、今はどうしてるのかな。面白い人だったのに残念だわ。しかーし、人生は長い。今後のRさんの復活を密かに願います。がんばれ、Rさん!

                 

                 

                 

                 

                 


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