ホームレスのおじさんと毛布

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    私が学生時代のことです。当時、一人暮らしをしていたマンション近くのコンビニ前に、ある時期、一人のホームレスのおじさんが野宿するようになりました。

     

     

     

    もう老人といってもいい年齢なのに、あたりに雪が残る寒い冬の夜を、毎日、毎日、そのおじさんはダンボール一つで凌いでいました。

     

     

     

    おじさんの前を通るたびに私は、「犯罪者ですら、刑務所でご飯を食べて屋根のある場所で眠れるだろうに、おかしい」と、理不尽に思えて仕方なく、通学途中にちょくちょくと、おじさんにコンビニで買った食べ物とお金をさし入れるようになりました。

     

     

     

    日々の生活の中で、おじさんの寝床を見ると、前日、私がさし入れた食べ物の残骸があったりして、それがなんとなく嬉しかった。でも、あの時期の夜の寒さは、食べ物のおいしさなんて味わえるかどうかもわからないようなものだったから、行為としてはたかが知れてるのですけどね。

     

     

     

     

    それで、あるとても寒い晩に、包まるものも無く横たわるおじさんの前を通り過ぎた時、「毛布を持って行かなければ!!」という気持ちで頭がいっぱいになりました。どう考えても、人間があの寒さの中、外で眠るのは間違ってる。

     

     

     

     

    まあこれ、でっかい毛布を勝手に路上に置き去るわけだから、貰ったところでおじさんが持ち歩けるとも思えないし、正しい行為かどうかは疑問なのですが、その時の自分はとにかく、絶対にそうしなければ!と思ったのです。それで、自分の部屋から毛布を持って戻ってこよう!と決意して急いで帰りました。

     

     

     

     

    でも、そこまで強く思いながら帰ったというのに、部屋に入った途端に気持ちが萎えて、やっぱり明日の夜に、改めて持っていくことにしました。

     

     

     

    なぜかというと、単に、その夜はメチャメチャ寒かったから。

     

     

     

     

    自分がさっさと暖かいお風呂に入って、早く暖かいお布団で眠りたいばっかりに、結局、おじさんに毛布を持って行くのはやめたわけです。夜遅かったのもあったけど。

     

     

     

    ***

     

     

     

    次の日、毛布を渡そうと、おじさんの「寝床」に向かうと・・・・・・

     

     

     

     

    いつものダンボール寝床は、キレイさっぱり、な〜んにも無くなっていて、全てが撤去されていました。さすがの寒さに移動したのか、させられたのか、おじさんの身に何があったのかは、わかりません。でも、あの時からずっと、おじさんが「生きている」イメージがサッパリわかないんだ。

     

     

     

     

    自分でもなぜかわからないけど、あの虚しさというか、ガッカリ感は、心に強く残っています。(おじさんが、もっと良い環境に行けていたならいいんだけど)

     

     

     


    私がよく思うのは、基本的に、常に移動し続けているホームレスの人たちとの出会いは一期一会だということ。もしも無関心に通り過ぎてしまったら、次はもう一生会えないかもしれないということ。ひょっとしたら、その人は暖かい珈琲の一杯も飲めずに、その日の晩に死んでしまう可能性もあるということ。

     

     

     

    だから、その時に自分の出来ることをしておかないと、その人に何かをしてあげられる機会は永遠にやってこないかもしれない。ビックイシューを売っている人たちや、炊き出しの場所など、ある種の定出没地はあるけれど、基本はそうです。

     

     

     

     

    それでまあ、この出来事をきっかけに、その後、私は都内でホームレスの人を見かけたら、誰かと一緒にいたり、急いでいる時を除いては、何もせずに通りすぎることは極力しないようになりました。それは、自分が無神論者であった時も変わることなく。

     

     

     

     

    学生時代の私は、シャネルやプラダのブランドバックの収集が趣味で、自分の好きなブランドの洋服じゃなければ絶対着ないようなクソみたいな価値観の女でした。

     

     

     

     

    ・・・が、今にして思えば、あのおじさんと毛布の思い出は、その後の私の価値観に大きな影響を及ぼし続けています。

     

     

     

     

     

     

    ブログを訪問してくれた皆さんに

    幸運がありますよーに!(−人−)


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    反省と結論

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    いっそ、ブログを消してしまおうかと思ったのですが、
    旧ブログの頃に良かれと思って書いた呑気なスピ体験談の有害性に気づき、
    大切なことを伝えさせてください。

     

     

    私は昨年まで、家事と子供の世話という専業主婦的な日常を送りながら、

    東京と地元でのボランティア活動をライフワークとして、とても幸せな生活をしていました。

     


    そんな日々だったので、以前のように有料スピに行くことや、

    体外離脱で、意図的に幽界をうろつくような行為は一切行ってはいませんでした。

    (たまに、おかしな霊現象には困っていましたが)

     

     

     

    にも関わらず、今年になってから、全く望んでもいない、ある霊的な体験が起きたのですね。

     

     

     

    私ねぇ、それをきっかけに、世の中に出回っている精神世界の情報には、

    一見、素晴らしそうに見えながらも、人の人生(魂)を狂わせ、

    死後にも悪影響を及ぼすものが沢山あることを、思い知ったのですよ。
     

     

     

    過去の記事で、「どうやら霊界のルールとして、生きている人間に死後世界の存在や、

    あの世とこの世の仕組みの完全ネタバレになるような

    決定的なモノは絶対出さないようにしているらしい」というようなことを書いたことがあります。

     

     

     

    アレ、本当にそうなのです。

     

     

     

    隠されることで地上の人間たちは、個の神としての自力と、

    魂の清らかさを試されている、って感じですよ。

     

     

     

    もしも、この世とあの世のルールのネタバレを本人が、 "確信するレベルで" 知ったとしたらね、

     

     

    みんな「他人に何か役立つことをしたい!!」「善行したいぃいいいいいーーーーーー」

     

    ・・・ってなっちゃう。

     

     

    そして、「人に良いことをする」ということが、実は、意外と難しいチャンス(幸運)であることを知り

    何らかの奉仕を「させていただきます。ああ、有難い(−人−)」とか、

     

     

    「うあぁあーーあんなに死ぬほど苦しいと思っていたのに今まで私は幸せだったんだ!!生きているって最高ー!」

    ぐらいの心境になってしまうのじゃないでしょうか。

     

     

     

    ・・・・毎日毎日、今の私がその状態で、困り果てています。

     

     

     

    世に出回っている精神世界の情報は、

    6割くらいの真理の中に、4割ぐらいの有害情報を混ぜたものばかりで、

    そうやって、霊界は、どんな影響を受け生き方をするのか、人の「良心」を試している感じ。

     

     

    私からすると、「この影響を受けて、おかしな生き方したら死んでから後悔するよ」

    という本や、スピ組織が本当に多くてですね、

    その中には、残念ながら私のブログの過去情報の一部も含むのです。本当にすみません。

     

     

     

    いやぁ、あの世の証明にもなる臨死体験関連と、

    感謝心などの"自分の心"が体に与える奇跡的治癒の記事などは、

    何の有害性もないし、むしろ知って欲しいことなのですけども、

     

     

    今の私が「これは霊的真理だなあ」と思う本・人物は、5つくらいしかありませんし、

    「まあ、無難だけど・・・」と思うようなモノの中にも、

    「死後世界はそんな甘くないよ!」っていう罠のような情報も入ってるので、

    紹介したことすら後悔しています。そんなわけで、おススメ本のコーナーも消しました。

     

     

    他人様の人生をミスリードするような、情報を与えたくはないわけです。

    (このブログにそんな影響力ねーわ、と軽く思っていたのですが、やっぱり放置はよくない)

     

     


    まあとにかく、

     

    長い間、お金をかけて精神世界を放浪して失敗した上で、今の私の経験から言えることはですね、

     


    この世に生まれた人間の、霊的世界への関わり方は、せいぜい本を読む程度にとどめ、
    組織集団や外部の何かには一切関わらない、

    自分一人の心の中で探求する、人生哲学的な向き合い方であるのが一番だということです。


    生きる上では、社会や他人への奉仕・役に立つことを心がけることが最重要で、

    常に自分の心の美しさを磨くことを修行とし、

    当然ながら、現実の仕事や家族、思いやりを心がけた対人関係、生活を重視していく・・・

    これが結果的に幸福になる最短の道だと思います。

     


     

    サイキックな能力開発とか、そんなものは本当に要りません。
    こういうモノを持っている人を羨ましがる必要性は全く無いです。

     

     

    昔はこういう意見が理解できなかったのですが、私は痛い目にあっているので心底、よくわかります。

     

     

     

    大抵の人間にとって、こういった心境になれるような根拠自体が、そもそも、ないのですけどね。

    だから、私のように精神世界に金かける人間もいるわけで。

     


    それより何より、過去に自分が、良かれと思って書いた記事で、

    読んだ皆さんに、何らかの悪影響を及ぼしていたらと思うと、本当に申し訳がない。

     

     

     

    「一体、何がどーしてどーなったから、オマエはそう思うに至ったんだ??」

     

     

    と思われるかもしれませんが、まあ、今はどうしてもこれを伝えたいのです。

     

     

     


     


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