脳手術における臨死体験☆パム・レイノルズのケース

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         pamu
        パムさんは上から見た。




    かつて私が「死後の世界」というものが心底信じられなかった頃、心の奥底では、この世界が物質の塊に過ぎないという現実にとてつもない恐怖を感じていたものです。それで、何か信じられるような根拠となるものはないのか??という理由で、本を読みまくっていました。


    中でも、死後世界の可能性を示唆するものとして、臨死体験という現象には引っかかるものを感じたので、調べるようになりました。でも臨死体験の一番の疑念は、「結局は脳の作り出した幻覚で、脳内現象なのではないか?」ということ。


    私は、自分が体外離脱のリアルさを経験してきた上で「体外離脱は脳内現象だ」と判断していただけに、臨死体験に関しても余計そう思えたんですよね。


    で・・・この「臨死体験は脳内現象か否か」という謎を追いかけて、面白くもない学術的な本までも片っ端から集めていました。


    これが不思議なことにね、臨死体験の本というのは読み続けていると、なぜか死を恐れない気持ちになってくるのです。たとえ脳内現象か否かという結論はわからなくても・・。これ似たようなことを、立花隆氏も書いていたのですが、臨死体験者の話をずっと聞いているうちに、


    よくわからんけど、「死ぬ」って良いものなんだな・・(-@∀@)



    みたいな感じで、私は死に憧れすら持つようになりました。いや、肉体的な痛みは嫌ですが。



    ☆☆☆



    まあ、それはさておき・・・・


    「臨死体験は脳内現象か否か?」という論争を語るときの一例として、ある有名な臨死体験を紹介しようと思います。


    それは脳手術の際に起きた臨死体験のケースだからです。


    ミュージシャンのパム・レイノルズという女性が、世界的に著名な脳神経外科医ロバート・スペッツラーによる脳手術の最中、脳幹の反応が一切なくなり脳の全機能が活動を停止した状態で(現代医学では脳死とされる状態)、彼女は臨死体験をしているのです。


    この女性に施された手術は、本人の体温を華氏15・6度まで下げ、心拍と呼吸を停止させ、脳波を平坦にし、頭部から血液を全て抜き出し、患者を事実上「死亡」させた状態で行なう「低体温心停止法」というもの。


    彼女は、手術の様子を語り、人生回顧、トンネル体験、光との遭遇、亡くなった親類との再会など典型的な臨死体験を語っています。


    https://www.youtube.com/watch?v=YO8UVebuA0g
    パム・レイノルズのインタビュー(英語)



    これはマイケル・セイボム著『続 あの世からの帰還-新たなる真実・47名の臨死体験』の第三章で紹介されており、セイボムによると、


    「残念ながら俗受けするほとんどの臨死体験談には、その中で主張される医学的危機状況や、脳波活動、血圧、心調率、その他の生理的指標の裏づけがほとんど、あるいは全く存在しない。その体験談全体が、自己報告のみに基づいていることも少なくないのだ。だが、アトランタ研究では、臨死体験の前後に起こった出来事の医学的記録を、可能な限り入手した。パム・レイノルズの事例で得られた医学的記録は、従来の記録をはるかにしのいでおりこれまでのところ臨死体験を科学的にかいま見た最も完璧なデータになっている。」


    ということだそうです。


    ある程度、手術の経緯がわかる内容を、『続 あの世からの帰還 新たなる真実・47名の臨死体験』から抜粋します。





    -------------------『続 あの世からの帰還 新たなる真実・47名の臨死体験』より



    スペッツラーは、手術を開始すると、まず最初に、剃髪されたパムの頭に注意深く切開線を描き、
    パムの頭皮を、湾曲したメスですばやく切り開いた。
    切開された頭皮が裏返されると、キラキラ光る灰色の頭蓋が現れた。
    手術室勤務の看護婦が、空気圧で作動するマイダス・レックス(頭蓋骨を削るドリル)
    をスペッツラーに手渡した。
    これは、部屋の片隅に置かれた圧搾空気タンクに長い緑色のホースでつながっている。

    真鍮製の"骨のこ"に内臓された、親指大の強力なモーターが回転速度を上げると、
    キーンという大きな音が手術室に広がった。
    骨のこは、パムの頭蓋を大きく切り取りはじめた。
    パムの臨死体験が始まった。パムはそれを、非常に詳しく物語っていく。



    パム・レイノルズの話
    「次に私が覚えているのは、音でした。それは、シャープもフラットもつかないレの音です。
    その音を聞いていると、その音が私を、頭のてっぺんから引っ張り出すような感じがしました。
    その音は、私が体から抜け出せば抜け出すほど、はっきり聞こえるようになりました。
    それは道路を走っている時のような印象を受けました。音の周波数の変化です。

    ・・・・・上から見下ろしている時、手術室でいくつかのことを見ていたのを覚えています。
    一番意識していたのは、それまでの全生涯に浸っていたことだと思います。
    ・・・・私はいわば、スペッツラー先生の肩に座っているような感じでした。
    ふつうの見え方ではありませんでした。
    ふつうにものを見る時よりも明るく見えましたし、ずっと鮮明ではっきりしていました。
    手術室には、私が見てもよくわからないものがたくさんありましたし、ずいぶん大勢の人がいました。

    看護婦さんたちが私の頭を剃る時のやりかたは、すごく変わってると思いました。
    全部剃ってしまうと思っていたんですが、そうじゃなかったんです。
    その鋸(ノコギリ)の、電動ハブラシのような音がいやでした。
    それにはくぼみがひとつありました。
    その上のほう、手で持つところとつながったあたりに溝がありました。

    いや、くぼみはありませんでした。・・・・それからその鋸は歯が交換できたんですが、
    そういう替歯は、スパナを入れるケースのようなものに入っていました。
    鋸が回り出す音が聞こえました。先生方がそれを私の頭に当てるところは見ませんでしたが、
    何かを切っている音は聞こえたと思います。
    かなり高い音でうなっていたのが、急にバアーーーーというような音になったんです。」



    スペッツラーが、パムの頭蓋から切り取った骨を外すと、脳の一番外側の膜が現れた。・・・硬膜だ。
    繊維質の、この硬い覆いを、特殊な硬膜鋏で開く。
    滅菌した布で覆われた手術顕微鏡を回転させ、所定の位置につける。
    頭蓋内の手術は、それ以降、スペッツラーが口にくわえたレバーで操作する、この顕微鏡の下で行うのだ。
    スペッツラーがパムの頭を手術している間、女性の心臓外科医が、パムの右鼠径部の動脈と静脈を探し出した。
    ところが、大量の血液を心肺バイパス装置とやりとりするには、この血管では細すぎることが判明した。
    そこで、左の動脈と静脈を使うための準備が整えられた。
    パムは手術のこの段階について、次のように回想している。


    パム・レイノルズの話
    「誰かが、私の静脈と動脈がとっても細いというようなことを言っていました。
    女の人の声だったので、マレー先生だと思いますが、はっきりとはわかりません。
    マレー先生は心臓病の専門医です。
    そのことをマレー先生にお話しておくべきだった、と思ったのを覚えています。
    ・・・・人工心肺のことも覚えています。人工呼吸器はいやでした。
    ・・・・どれがどれだか、すぐにはわからない道具や機械がたくさんあったのを覚えてます。」



    (中略)
    午前11時、パムの深部体温は25度(摂氏で14度弱)低下していた。
    心臓モニターの凡帳面なビープ音が、心臓の機能不全を知らせる規則的な警報音にとって代わられた。
    不規則でめちゃくちゃな心室細動のパターンが、心臓モニターのスクリーンに連続的に現れた。
    5分後、死にかけたパムの心臓は、まだ電気的けいれんを起こしていたが、
    それも、塩化カリウムの大量注入(静脈注射)によって消えた。
    完全に心停止を起こしたのだ。
    パムの心臓が止まった時、脳波も平坦になり、脳は電気的に完全に沈黙した。


    両耳に挿入されたイヤホンがカチッという音を発しても、
    電位図モニターが描き出す棘波はどんどん小さくなった。
    それと並行して、脳幹の機能も低下した。
    20分後、パムの深部体温は、さらに13度(摂氏で7度強)低下し、
    死んだも同然の華氏60度にまで下がった。
    両耳内のイヤホンが発する音に対しては、もはや反応が起こらないまでになった。
    脳の全機能が活動を停止したのだ。

    それから、ちょうど11時25分に、パムは、手術室では、ほとんど前例のない、
    このうえなく冒険的で注目すべき処置に委ねられた。
    手術台の頭部が起こされ、心肺バイパス装置のスイッチが切られ、車からオイルを抜くように、
    パムの体から血液が抜き取られたのだ。その頃、パムの臨死体験も進行していた。



    パム・レイノルズの話
    「引っ張られるような感じがありましたが、意志に反してということではありません。
    自分で行きたかったので、自発的に行ったんです。
    いろいろな喩えを使って説明することもできます。
    たとえば、竜巻で吸い上げられたのに、回転したわけじゃないので、めまいも起こさないという、
    オズの魔法使いみたいな感じだったとか。

    気持ちがすごく集中して、どこかに向かっているんです。
    その時の感じは、本当に高速のエレベーターで上にあがるみたいでした。
    それから、感覚はありましたが、肉体的な物理的感覚ではありませんでした。
    トンネルのようでしたが、トンネルではありませんでした。

    そのトンネルに入ったばかりの頃、祖母が私を呼んでいるのがわかりました。
    でも、それは耳で聞こえたわけではありません。
    ・・・・耳で聞くよりもはっきり聞こえたんです。
    私は自分の耳よりも、その感覚のほうを信じます。
    祖母がそばに来てほしがってる感じがしたので、その竪穴を恐れずに進みました。暗い穴でした。
    その一番先に、こういうとっても小さい光の点があって、それが、どんどんどんどん大きくなりました。

    その光は信じられないほど明るくて、電球の真ん中に座っているような感じでした。
    あんまり明るいので、両手を目の前にかざしてみました。
    手が見えるかと思ったんですが、見えませんでした。
    でも、そこに手があるのはわかりました。
    触覚でわかったわけではありません。

    これも、説明がすごく難しいんですが、両手がそこにあるのが、とにかくわかったんです。
    光の中に、人が何人かいるのがわかってくると・・・・・・・・
    全員が光に包まれていて、その人たち自身が光でできていて、
    まわり中に光があふれていたんですが・・・・
    形がはっきりしてきて、誰なのかわかるようになりました。

    ひとりは祖母だということがわかりました。それが本物だったのか、
    自分の考えが投影されたものだったのかはわかりませんが、
    いつでも、どこにいたとしても、祖母ならその感じでわかります。

    振り返ってみると、私が会った全員が、
    生前で一番輝いていたと私が思っている姿と、完全に一致しました。
    知ってる人がたくさんいました。伯父のジーンもいました。
    大大伯母のマギーもいました。マギーおばさんとは、ほんとに仲がよかったんです。
    父方では祖父がいました。・・・・
    この人たちは、特に私を心配してくれて、親身になって世話をやいてくれたんです。

    この人たちはこれ以上進ませてくれませんでした。・・・・・
    すっかり光の中に入ってしまったら、私の体に何か起こると言うんです。
    そういう気持ちが伝わってきたわけなんです。それが一番近い表現ですね。
    この人たちは私が話すようには話さなかったからです。

    この私を体に戻すことが、この人たちにはできないようでした。
    私があんまり遠くまで来てしまったので、体ともう一度結びつけるのが難しかったんでしょう。
    ですから、私をどこかに行かせることもしませんでしたし、何かさせることもしませんでした。
    私は光の中に入ってしまいたかったんですが、戻りたい気持ちもありました。
    子どもたちを育てなければいけなかったからです。」



    パムの体から血液が抜き取られたため、動脈瘤は、空気が抜けた風船のようにしぼんでしまった。
    スペッツラーは、動脈瘤の脳底動脈につながるくびれた部分をクリップで留め、
    血液の入っていない瘤を切除した。
    それから、心肺バイパス装置にスイッチが入れられ、温められた血液がパムの体に再び注入され始めた。
    温かい血液が戻り始めるとすぐに、パムの両耳のイヤホンから発せられる音に反応して、
    最初の生命兆候を知らせる輝点が現れた。
    パムの高次脳中枢の活動が再開されたことを裏づける脳波も、脳波計のスクリーンに再び現れた。



    パム・レイノルズの話
    「それからこの人たち(今は亡き親族)は、私に養分を与えてくれました。
    食べ物を口からというのではなく、何か別のものを私に与えてくれたんです。
    ふつうの言葉では、何か光るものと表現する以外ありません。
    それは明らかに物質ではなかったので、その表現がおかしいのはわかっていますが、
    その体験の中では、体が丈夫になって、何でもできるような感じがしたわけです。」



    それから、午後12時に、深刻な問題が起こった。
    最初はおとなしかった心臓モニターが、心室細動の発生を知らせる、
    めちゃくちゃな電気活動を示し始めたのだ。
    血液をもう一度温めることで、この致死性の心調律を矯正しようとしたが、その試みは成功しなかった。
    このままの状態が続くと、パムは数分のうちに手術台で死亡してしまう。

    心臓外科医は、すぐさま、除細動器のパドルをパムの胸に二つ当て、
    心臓に50ジュールの電気ショックをかけた。反応はなかった。
    そのため、100ジュールを充電して、もう一度、ショックを与えた。
    この2回目の電気ショックで、正常な洞調律(心臓が規則的に拍動するリズム)が回復したことを示す、
    ビービービーという懐かしい発信音が聞こえ、心臓外科チームから安堵のため息が洩れた。
    このチームは、パムの胸を開いて心臓を蘇生させる準備までしていたのだ。
    それから、パムは、臨死体験から「戻り」始めた。



    パム・レイノルズの話
    「祖母は、トンネルを通って私を帰らせたわけではありませんでした。
    まして私を送ってきたり、帰りなさいと言ったりしたわけでもありません。
    私をただ見上げただけだったんです。
    私は祖母と一緒に行きたかったんですが、祖母がそう思っていないことが伝わってきました。
    伯父が送ってあげようと言ってくれました。

    トンネルの端から私を送りだしてくれたのは、この伯父なんです。
    何もかもがすばらしかった。私は帰りたくありませんでした。
    ところが、その時、トンネルの入り口に戻ると、それが・・・・私の体が見えたんです。
    私はその中に入りたくありませんでした。
    事故に遭った列車の残骸みたいに、恐ろしい感じがしました。

    私の体は前と同じように見えました。死んでいたんです。
    シーツがかかっていたと思います。
    それで恐ろしくなったので、二度と見たくありませんでした。
    プールに飛び込むみたいなものだという考えが、私に伝わってきました。
    だいじょうぶ、プールに飛び込むのと同じことなんだからって。

    戻りたくはありませんでしたが、時間が迫っていたか何かだったんだと思います。
    伯父が私を押したんです。
    はっきりした不快感がありましたが、同時に自分の体に引っ張られる力も感じました。
    体から引っ張られ、それと同時にトンネルから押し出されたんです。
    氷水のプールに飛び込むみたいな感じでした。・・・・・・・・・本当にこたえました。」



    血液を温め直してから、もう一度注入するため、
    午後12時32分に心肺バイパス装置のスイッチが切られた。
    この時、パムの体温は、生命を維持できる程度には上がっていたが、
    まだかなり低い華氏89・6度(摂氏32度)だった。
    続いて、パムの体からチューブ類や機械類が外され、手術創が閉じられた。
    バックに流れる音楽がロックを奏で始めた時、スペッツラーの若い助手たちが手術の後処理を引き継いだ。
    その時に流れていた音楽を、パムは聞き逃さなかった。



    パム・レイノルズの話
    「私が体に戻った時、「ホテル・カルフォルニア」が流れていました。
    その時の歌詞は、「チェックアウトならいつでもできる。でも、逃げ出すことは絶対できない。」
    という最後の部分でした。後で、ブラウン先生に、そんな曲をかけるなんて、
    とんでもなく無神経だと言ったんですが、
    逆に、もっと眠らせといたほうがよかったと言われてしまいました。(笑い)
    意識が戻った時、私はまだ人工呼吸器をつけていました。」




    〜以下は、セイボムの所見〜
    1970年代に臨死体験の最初の研究を始めてから、
    私は、これは、臨死体験であって、死後体験ではないと一貫して主張していた。
    『「あの世」からの帰還』の中で私は、
    人が死に近づけば近づくほど、後に臨死体験を報告する比率が高くなることに気づいていた。
    つまり、臨死の危機状態にある時に入院した患者や、意識不明の状態が比較的長かった患者、
    医学的な蘇生処置が必要だった患者は、病院外で起こった出来事を自力で乗り越えた意識不明の状態が比較的短く、
    蘇生処置を処置を必要としなかった患者よりも、臨死体験を報告する比率がはるかに高かったのだ。

    死に近かったということは、”それがどれほど近かったとしても”、死んだこととは大違いだった。
    しかし、パムの物語が、そんな私の確信に激しい揺さぶりをかけた。
    1994年11月にパムの母親の自宅で、その手術報告に初めて目を通した時、私は容易には信じられなかった。
    人間の生命兆候をすべて消し去り、体温を華氏60度にまで下げ、
    (脳から)血液を抜き取った場合、健全な精神を持つ者なら、それでもその人は生きていると考えるものだろうか。

    私は”本当に”信じられなかった。
    そこで、バーロウ神経学研究所に電話し、そこに保管されている、スペッツラーの報告書のコピーを、
    脳神経外科麻酔医と心臓外科医による手術戦略のコピーと一緒に、ファックスで送ってもらった。
    大変驚いたことに、パムの物語のうち、手術の詳細はまちがいないことが確認された。
    パムの手術を担当した外科医たちは、いったん死んだパムを生き返らせたのだろうか。
    死の古典的定義から言えば、その外科医たちは、まさにそうしたことになる。(中略)

    一方、学問的な世界の論争とは無縁の実用的な目的では、三通りの検査によって脳死を判定するのがふつうだ。
    ひとつは、標準的な脳波計で脳波活動を測定することだ。
    ”平坦”脳波は、大脳皮質・・・大脳の外殻が機能していないことを示す。
    もうひとつは、パムの手術で両耳に挿入されたイヤホンから出る音に
    誘発された反応と似た聴覚誘発電位を通じて、脳幹の生存可能性を探ることだ。

    この電位が認められなければ、脳幹が機能していないことになる。
    三番目には、脳への血流が確認されない場合、それが脳機能全体が失われたことを示す目印となる。
    しかし、”静止”の間、パムの脳は、右の三通りの臨床検査では、「死」と判定されたはずだ。
    脳波は出ていなかったし、脳幹の反応も脳内の血流もなかったからだ。
    興味深いことに、このような状態にある間、
    パムは、アトランタ研究の対象者のうちで、”最も深い”臨死体験をしていた。

    グレイソンのNDE尺度では、臨死体験者の平均得点は15点だった。
    これは、アトランタ研究の13・3点に近い。ところが、
    パムのNDEは特出していて、27点という驚異的な深さだったのだ。 

    (中略)
    スペッツラー医師がパムの頭蓋を開くのに使ったという骨のこについて、
    パムが説明するのを聞いた時、私は開いた口がふさがらなくなってしまった。
    「刃が交換」できる「電動歯ブラシ」だって?そんなばかな。
    私は面接を録音したテープをしまい込み、1年以上、このテープを聞かなかった。

    1996年3月、私はパムのテープを書き起こし、その話の裏づけとなる証拠を探し始めた。
    テキサス州フォートワースにあるマイダス・レックス社に電話して、
    スペッツラー医師が使った骨のこの写真が掲載された医学生用の使用説明書を送ってもらった。
    それを見た私は、その骨のこを、「刃が交換できる「電動歯ブラシ」で、
    それを格納する「スパナを入れるケース」がついている、としたパムの描写が正確だったことに衝撃を受けた。





    -------------------




    ちなみに、そのマイダス・レックス社の、医療用ドリルがこれ↓
     

        nonenoko


    ああ、私もこれとそっくりなドイツ製の電動歯ブラシ持ってるよ(笑)(´∀` )



     














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    脳神経外科医が臨死体験をして出した結論

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          even
          蝶ネクタイ愛好家




    エベン・アレグザンダー著『プルーフ・オブ・ヘブン』という本があります。


    これ、脳神経外科医であるエベン・アレグザンダー医師が、自身の臨死体験によって、「死後世界の存在を肯定した」ことで話題となり、世界的なベストセラーになりました。もうタイトルが、「天国の証明」ってくらいですからね。


    でもこの本、私としては、万人にお薦めできるほど面白い臨死体験本とは思わないんですよ。


    もちろん、個人の体験記なので、『あの世からの帰還』のような味も素っ気もない研究本よりも、読み物としては遥かに面白いのは確かですが、もっとワクワクするような内容の臨死体験の本って、他にも沢山あるのでね〜


    なんとな〜く帯書き見て本屋で買ったという人が読んだら、彼の臨死体験の内容には大したインパクトを感じないかもしれません。


    ですが、このエベン・アレグザンダー医師の体験は、長い間、「臨死体験は脳内現象か?」というテーマを追求してきた私にとっては、とてつもない価値があるものなのです。



    ☆☆☆



    つまり、こういうお話です。(-@∀@)φ



    このアレクザンダー医師、細菌性髄膜炎によって、一週間の昏睡状態になりました。


    これは、細菌が脳や脊髄を包む髄膜にまで感染して、脳を侵食していく病気です。アレグザンダー医師の場合、その中でも悪性の大腸菌性髄膜炎で、大腸菌性髄膜炎にかかった人は発症後一週間以内に死亡するのが殆ど。昏睡状態が長く続けば仮に意識を取り戻しても、重度の脳障害が残ることはほぼ確実とされています。(テレビの受け売り(◎∀◎)


    大腸菌性髄膜炎の昏睡状態から生還し、脳が発症前と同じ状態に戻ったのは一人としていないのだとか・・。

    正直、自分が身内だったら、意識を取り戻してくれるよりも、いっそ、あの世へ見送ってあげたいくらい希望がありません。



    ・・ところがどっこい、このアレグザンダー医師は、昏睡状態の間、臨死体験をしていました。死後の世界をフラフラと彷徨ったり、顔も見たことがなかった生き別れの妹と会ったり。


    その臨死体験のご利益なのかどうかはわかりませんが・・・・意識を取り戻した後、アレグザンダー医師の脳は奇跡的に、以前と同じ状態に完治したのです。


    これ、奇跡的治癒としては相当すごいようで、世界初の症例。


    普通だったら、重度の脳の後遺症を負って、医師としての知識・見識も失っているはずのところを、以前と同じ状態にまで回復しちゃいました。(´∀`∩)



    ☆☆☆



    まあ、これだけならば臨死体験の奇跡的治癒としては、ありそうな話です。


    この人の何に価値があるって・・・彼が、脳神経外科という分野の権威であったという点なんです。


    健康状態が回復してから、アレグザンダー医師は、昏睡状態にあった7日間の、自分の脳の状態を記録した医学的データを検証してみました。自分が体験した「死後の世界」と思われる世界のすべてが、脳の生み出した幻覚なのかどうかを確かめるために。



    そして、脳のどの部位の機能が、どのような幻覚を生み出すことができるのか・・それを知り尽くしているエベン・アレグザンダー医師が出した結論が、「死後の世界は存在する」だったのです。




    このアレグザンダー医師の体験をまとめた番組、わかりやすくて面白い。





    『プルーフ・オブ・ヘヴン』には巻末に、「私の臨死体験の神経学的仮説」として、自身の臨死体験が幻覚ではありえない脳の機能上の理由を一つ一つ説明しています。


    最後に、アレグザンダー医師の臨死体験の一部を抜粋します。




    -------------『プルーフ・オブ・ヘヴン』より



    そこでは見るものと聞こえるものに区別がなかった。
    上空で銀色にきらめいている存在の美しさを"聞き取る"ことも、
    その輝く存在たちが謳いあげている喜びの炸裂を"見て取る"こともできた。
    その世界では、なにか神秘的なかたちで自分自身がその中に溶け込んでしまわない限り、
    何も見えず、何も聞こえないように思われた。

    現在の視点に立って考えれば、あの世界はどんなものであれ、
    "対象を見る"ことはできなかったのだろう。
    そこには格助詞の"を"が表す分離の概念が存在していなかったからである。
    すべてをはっきりと識別することができたが、同時にすべてが周囲の一部でもあった。
    ペルシャ絨毯の複雑に折り重なった絵模様のように。
    あるいは、蝶の羽根の模様のように。

    さわやかな風が吹いた。
    木の葉を揺らし、天のせせらぎさながらにさやさやと駆け抜ける。
    最高に気持ちのいい夏の日に吹き渡る清風を思わせる風だった。
    すがすがしいその風が吹き抜けると、
    あたりが一変し、波動がさらに一段階上のオクターブに変容した。

    こちらの世界で考えられているような言語機能は働いていなかったが、
    私は言葉を用いずにその風に対し、
    またその背後で働いていると感じられた神聖な存在に対して問いかけた。


    ここはどこですか?
    私はだれなのですか?
    なぜ私はここにいるのですか?



    ひとつ無言の質問をするたびに、電光石火の速さで答えが返ってきた。
    答えは光と色と美が渾然一体となって爆発し、怒涛のように押し寄せるかたちで返された。
    私はその凄まじさに圧倒されて口をつぐむしかなかったが、大切な点は、
    私の質問に対して確かに答えが、"返された"ことだった。
    答えは言葉を介さずに、思考が直接私になだれ込んできた。

    だが思考と言っても、それは地上で体験する類の思考ではなかった。
    曖昧ではなく、筋が通り、観念的ではなかった。
    火よりも熱く、水よりも濡れているような、間に何も介在しないしっかりとしたものだった。
    答えを受けると同時に、ふつうであれば理解するのに何年もかかりそうな概念がすんなりと腑に落ちた。

    さらに先へ進んでいくと、広大な虚空の中へ入っていった。
    果てしない広がりが続くまったくの闇だったが、そこでは限りない安らぎも感じられた。
    漆黒の闇であるにもかかわらず、光も満ち溢れていた。
    すぐ近くにいる気配のする光の球体、オーブ(玉響ともいう)のひとつが放射している光らしかった。
    オーブはあの輝く存在の天使たちが奏でていた調べと同じように、ほとんど固形のようで、生きていた。

    奇妙なことだが、私の置かれた状況は、子宮の中の胎児に似ていた。
    子宮の胎児はプラセンタと呼ばれるものを言わない相棒とつながり、
    そこから栄養を受け取って、あらゆるところに存在していながら
    姿は見えない母親との関係を仲介してもらっている。

    私の場合は胎児の"母親"に相当するものが、
    宇宙とそこにあるもの全体の母体、言い換えれば、神や創造主、
    根源などと呼ばれる存在だった。
    神の存在はきわめて間近に感じられ、自分との間にまったく距離がないように思えた。

    しかしそれと同時に神が無限に広大であることがわかり、
    それに対して自分がいかに比べ物にならないほどちっぽけであるかを思い知らされた。
    昏睡から目覚めた後で記憶を書き留めながら、
    私は神を指すのに"オーム"という代名詞をよく使っていた。

    そこで本書でもときどきこの言葉を用いることにしたい。
    "オーム"というのは、無私の愛を注ぎ、全知で全能である神、
    言葉をもってしては説明のできない存在につながる響きとして記憶していた音だったのだ。
    オームと自分を隔てているものは、純粋な、無限の広大さなのだ。

    オーブがそばについてくれているのはそのためなのだと、私は気づいた。
    完全な理解が得られたとは言えないが、
    オーブは自分とその自分を包みこんでいる途方もない存在とを取り結ぶ、
    ある種の"通訳者"であることがはっきりわかった。(中略)

    そこにいる間は、なおも質問と回答のやり取りが続いた。
    答えは言語と呼ばれている方法では返されなかったが、
    存在の「声」は温かく・・奇妙に聞こえるかもしれないが・・親身だった。
    存在には人間への理解があり、人間と同じ性質も持ち合わせていたが、
    その度合いが桁違いに広く深かった。私のことも知り尽くしていた。

    私が人間特有の一面と考えてきたもの―温かさ、哀れみ、哀愁、
    さらには皮肉やユーモアといったもののすべてを溢れんばかりに備えていた。
    オームはオーブを通して、私に語りかけた。


    宇宙はひとつではない。
    お前の理解を超えるほど数多い宇宙がある。
    しかしすべての宇宙がその中心に愛を持っている。
    どの宇宙にも邪悪は存在しているが、ごくわずかでしかない。
    邪悪が存在しなければ、自由意志を持つことができない。
    邪悪はそのためにこそ必要とされてきた。
    自由意志を持つことなしには、発展が得られない。
    進歩がなくなり、神が人類に対して願い続けてきたことを、
    人類には達成することができなくなる。
    世俗世界の邪悪は醜悪で強力でもあるが、全体から見れば愛が圧倒的に優勢であり、
    最終的に勝利を収めるのは愛である。



    声はそう語った。
    私はその場所で、無数の宇宙に豊かな生命が息づいているのを見た。
    その中には人類よりはるかに進歩した知性を備えるものたちもいた。
    数限りない高次の次元があることも知った。
    高次の次元は、その中へ入り、直接体験するかたちでしか知る方法がないこともわかった。
    低次の次元空間からは、高次元世界は知ることも理解することもできないのだ。

    因果の関係は高次元にも存在しているが、この世界の概念とは異なっている。
    またこちらの世界で体験されている時間空間は、
    いくつもの高次元に複雑なかたちで密接に織り込まれている。
    言い換えれば、高次元の世界はこの世界と完全に隔絶しているわけではない。
    あらゆる世界がそれらすべてを包み込む神聖な"真理"の一部分を構成しているのである。
    そして高次の世界からは、こちらの世界の時間や場所に自由につながることができるのだ。




    -------------




    これね、もし彼の話が本当だとすると、脳幹とか、大脳皮質の幻覚がどーのこうのって、そういう次元のものじゃないと思うんだな。うん。(・ω・´)





    ☆関連記事☆
    脳手術における臨死体験☆パム・レイノルズのケース
    http://romansulove.jugem.jp/?eid=8
















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    アニータ・ムアジャーニの末期癌治癒と臨死体験

    5

     


          




    今じゃすっかり、その筋の人たちには有名なアニータ・ムアジャーニさんの臨死体験のお話です。


    「臨死体験は脳内現象か否か?」なんてことを、ぎゃいぎゃい言う以前に彼女の奇跡的治癒がすごいのであります。ぎゃいぎゃい言ってるのは私なんですけどね。


    このアニータさん、レモン大の癌が、首、脇の下、胸、腹部までのすべてのリンパ系組織に広がって、脳や肺も液体でいっぱい、皮膚病変(潰瘍)もあり、昏睡状態に陥りました。医者は「臓器が機能していないので36時間持たない」と考えていたようです。しかし、アニータさんはこの次の日には意識を取り戻し、周囲の者に「もう自分は大丈夫だ」と告げます。事実、3日後には顔や首の悪性リンパ腫の腫れは殆どひいて(70%縮小)、皮膚の潰瘍も自然治癒し、25日後の検査の際には、癌の痕跡が完全に消えていたそうです。


    一体どうして、こんな劇的な治癒が起きたのでしょうか?前日までは内臓機能が停止していたというのに。


    ☆☆☆


    アニータさんが言うには、昏睡状態に陥った時に臨死体験をして、「無限の宇宙と溶け合い、自分が素晴らしい存在であることを思い出した」のだそうです。そして、あちらの次元で生か死かの選択をするとき、「もし身体に戻る選択をすれば、病気は急速に治癒する」のがわかったのだとか。それも、何週間や何ヶ月かけてとかではなく、わずか2・3日のうちに。


    奇跡的治癒の話というのは自己申告が殆どなんで、どーにもピンとこないのですが、これに関しては、アニータさんの話を裏付ける病院の記録が調査されているので事実なんでしょう。


    このケースに興味を持ったピーター・コーという医師が、香港まで行って、彼女が臨死体験をした病院を訪ね、診療記録を調べたそうだから。


    というわけで、コー医師が病院の記録を調査して世界中の癌研究所に送ったという報告書の一部が本に記載されていたので、抜粋します。ま〜、臨床記録など多くの人はつまらないかもしれませんが、このブログ的に最も重要なのはここなんで。(・ω・)ノ



     



    (以下、コー医師の記述)

    私にとって、この出会いは、驚嘆すべき出来事でした。先日香港を訪れたのは、彼女の病歴を綿密に調査し、彼女の主張が立証できるかどうかを確かめるためでした。事実にもとづいた詳細に納得し、私は彼女の貴重な体験にますます興味を抱くようになりました。彼女が持ち帰ったメッセージには特に興味を持っています。臨床記録は、一般の読者にとって少々退屈かもしれませんが、参考資料にしていただきたいと思います。これを読めば、アニータがいかに深刻な病状から劇的回復を遂げたのか、十分に理解できるでしょう。いくつかの個人的見解を加えましたが、それがアニータの話のしっかりした裏づけになるよう願っています。




    1.アニータの病状の経過

    2002年の春、彼女は、左鎖骨上部に固い腫れものがあるのに気づいた。
    明らかに、これは彼女の主治医にとって警戒すべきサインだった。
    その年の4月、生体組織検査によって、ホジキンリンパ腫(悪性リンパ腫の一種)で、
    「ステージ僑繊塀藉から中期/自覚症状なし)」と診断された。

    従来の治療法は気が進まなかったため、彼女はさまざまな代替療法を試みた。
    その後の2年半で病気はゆっくりと進行し、2005年には健康状態が損なわれ、
    癌は他のリンパ節へと広がり、大きくなっていった。
    この頃には、寝汗、微熱、皮膚のかゆみのような、"B症状"と我々が呼ぶものが現れてくる。

    さらに、両肺に胸水がたまり、呼吸困難になったので、
    その年には数回にわたって胸水を抜く処置が行われた。
    同年のクリスマスまでに、彼女の病状は進行し、下降線をたどり続けた。
    彼女の首と胸壁の癌は皮膚にも浸潤し、感染性皮膚潰瘍を引き起こした。
    栄養摂取もできず、体重減少、疲労感、筋力の低下、そして腎機能の低下が起こり始めた。

    2006年2月2日の朝、彼女は起床できなかった。
    顔全体、首、左腕が風船のように膨らみ、目は腫れて閉じたままだった。
    これらは全て、リンパ腫が大きく広がったために頭部や首からの静脈還流が弱まったためである。
    すでに携帯用酸素ボンベを使用していたが、多量の胸水のために息ができず喘いでいた。
    夫と母親はすぐに家庭医に連絡をし、急いで総合病院へ連れていくようにという指示を受けた。
    搬送先の病院では癌専門医が待機していたが、アニータの病状を見てショックを受けた。

    難しい決断に迫られ、もう一人の癌専門医が呼び出された。
    さまざまな臓器機能の障害に対処するため、他の専門医たちも招集された。
    そして、しかるべき医学的処置をしなければ、彼女は助からないだろうという合意に達した。
    多臓器不全の状態であるという見地から、抗がん剤投与は危険すぎたが、
    彼女が生き延びるための唯一の治療法だった。

    その夜、彼女はMRIとCTで複数の検査を行い、2リットルの胸水を抜き取り、
    七つの抗がん剤のうち三つを処方され、集中治療室に入れられた。
    この時、アニータは、彼女が臨死体験と呼ぶものを体験し始めていた。


    2.臨死体験後の目覚しい回復ぶり

    2月3日の夕方、アニータは目覚めて、ベッドの上に起き上がると、
    「自分はもう大丈夫だ」と家族に告げた。
    主治医の癌専門医と話をし、主治医は、
    昏睡状態だったはずのアニータが自分のことを覚えていたことに当惑した。

    2月4日、アニータは、鼻腔栄養チューブを抜くように医師に要求し、
    そのかわり食事をとると医師に約束した。
    さらに、自宅からiPodを持ってきてくれるように夫に頼んだ。

    2月5日、アニータは、診察に来た医師たちを「パーティに参加しませんか」と誘った。

    2月6日、医師たちは、彼女を集中治療室から一般病棟へ移すことに同意した。
    この時までに、彼女の首や顔の腫れはほとんどひいていた。
    かなり大きくなっていたリンパ節は柔らかくなり、頭を動かせるまでになった。
    治療の最初のサイクルは、2月中旬に終わった。
    形成外科医に、次の検査と処置が依頼された。

    (a)首のリンパ節生検
    (b)首と腋下にある大きく口を開いた炎症箇所への皮膚移植

    形成外科医はリンパ腫を見つけることができず、生検の前に超音波検査をすることにした。
    また、同時に皮膚移植をする予定だった。
    三度にわたり超音波検査をしたが、腫大化しているリンパ節は見つからなかった。

    2月27日、彼は首のリンパ節から組織片を摂取したが、
    癌の痕跡はまったく見られなかった。

    皮膚病変は、皮膚移植をしなくとも自然に治癒した。

    3月9日、治療の第二サイクル後、癌専門医はやっと家に帰ることを許可した。
    アニータは、3月16日、ジミーズ・キッチンで誕生日を祝い、

    3月26日には結婚式に出席し、ダンスを踊ってシャンバンを飲んだ。
    それから、治療の第3サイクルが始まった。
    第6サイクルのあと(7月24日)、PET-CT検査を行って医師たちはようやく妥協に応じ、
    アニータは完全に健康だと太鼓判を押されて、2サイクル残した状態で治療を終了した。



    ---------------


    彼女の回復ぶりは、間違いなく"注目に値する"ものである。
    私自身の経験と数人の同僚の意見にもとづけば、彼女の劇的な回復は、
    抗がん剤治療によるものだとは考えられない。
    私たちの知る癌細胞の性質からすれば、非物質的な何かが癌細胞の遺伝子が
    現れるスイッチを切ったか、あるいは癌細胞の死が起こるような信号を送ったと推測する。

    正確なメカニズムは私たちには未知のままであるが、抗がん剤による結果とは思えない。
    アニータとの出会いによって、私は、この現象、そして、
    私たちの人類の本質について、さらに学ぶためのきっかけを与えられたと考えている。





     




    末期癌からこれほどの劇的な回復をした例ってないそうで、医学が、レモン大の癌が急速に消滅するメカニズムが解明できていない時点で、彼女が主張する体験を軽視するべきではないですね。「イボがポロリと取れました」というのとはわけが違うのだから。


    アニータさんとしては「病院の抗がん剤投与は自分には害でしかない」とわかっていながら、周りの人たちを納得させるためにあえて従ったのだそうです。


    首の皮膚病変も、「臓器が機能していないため自然治癒は不可能で形成手術の必要がある」と考えられていました。壊疽とか皮膚潰瘍というのはけっこうな跡が残るはずなんですよ。でも現在のアニータさんの色んな写真を見る限り、まったくわかりません。


    これほどの劇的な治癒をもたらした臨死体験とはどのようなものだったのでしょうか?



    翻訳家さいとうゆうこさんのブログにあるアニータさんの翻訳記事が、とっても素晴らしいのでご紹介します。(´∀` *)本になかった情報もあって、これを読んだら大体のことがわかります。
    http://yukosait.blog21.fc2.com/blog-entry-68.html






    (ちなみにアニータさんは、香港在住のインド人女性です)




    ----------------『喜びから人生を生きる!』から



    「恐れずに、もう一度、自分の人生を生き直しなさい!」
    という言葉が私の頭でずっと鳴り響いており、すべてうまくいくと知っていました。

    臨死体験から持ち帰ったたくさんのメッセージ―
    私たちはみんな一つ、私たちの中心は愛、誰もがすばらしい・・の中で、
    これが一番強力で、いつも心の中で聞こえていたのです。
    そのメッセージは、父の声かソニの声で聞こえてきました。
    すべての出来事は、展開されつつある大きな冒険の一部に思われました。

    それに加えて、臨死体験のおかげで私は、
    外側で起こっていることが内側に影響するのではなく、
    内側にあるものが外側に反映するのだと考えるようになりました。
    以前は、外側の世界が現実で、その範囲内で努力しなければいけないと思っていたのです。
    おそらくほとんどの人が、そのように考えているでしょう。

    この考え方では、自分のパワーを外の世界に与えてしまい、
    外側での出来事に、自分の行いも気分も思考も支配されることになります。
    感情的な反応や気持ちには実態がないので、現実のものではなく、
    外側の出来事に対する反応にすぎないと思いがちです。
    そのような考えでは、私たちは、自分の人生の創造者ではなく、
    状況の被害者になってしまうでしょう。

    私が癌にかかったことでさえ、
    たまたま外側で"起こった"出来事でしかないということになるのです。
    しかし、臨死体験をしてから、自分は神と一つであり、
    偉大なる全体の一部だと考えるようになりました。
    その中には、全宇宙のあらゆるものが含まれます。

    過去に存在したものも、未来に存在するものもすべて含まれます。
    すべてがつながっているのです。
    私は、自分がこの宇宙の中心にいると理解し、誰もがこの偉大な宇宙の中心にいて、
    それぞれの立場で表現しているのだとわかりました。




    ----------------




    「スピリチュアルに生きることは、ありのままの自分で生きること!」
    https://www.youtube.com/watch?v=AdlzRoq9HMs


    ↑アニータさんはこんな風に、「ありのままの自分で誰もがみんなスピリチュアル」なのだと言っています。彼女は、「いつでも自分を後回しにして、人に対して良いことをしていると思っていたとき、自分のことを見放しているなんて思ってもみなかった。」という気づきを得ました。


    で、ここが精神世界の難しいところなんですけどね・・・このアニータさんの気づきは、きっとある一つの真実です。より高い次元から見た場合、"誰もが既に完璧な存在"なのかもしれません。がしかし、どー考えても、今現在、振り込め詐欺とかやってる奴が、「スピリチュアル」で「今のままで充分」なわけがないんです。


    世の中には、徹底的にその性根を叩きなおして、他人のために良いことをするよう心がけたほうが運が開けてくる人間もいるんです。ええ、それは私なんですけどね。しかもろくに実践できてませんけどね。 (´∀` ) 同じ臨死体験者でも、ダニオン・ブリンクリーとかも絶対そんなタイプです。


    アニータさんはダニオン・ブリンクリーのように臨死体験の際、人生回顧をしていないんですよ。たぶん、必要性がなかったから。彼女の体験は、スピリチュアルであろうとして自己犠牲的な良い人の生き方をしていた人だからこその気づきだったと思うのです。


    家族や身内に対して、「あんたら、まず私を最優先に考えなさい。( ノ゚Д゚)」という態度で生きてきた私のような人間は、参考にしちゃいかんのです。ええ。


    (・・・といいつつ、この記事書くために本をざっと再読したら、「アニータさん、すげええ〜〜」となった(・ω・)。アニータさんが臨死体験はとても深くて、内容の側面を切り取って「これ」って言えるようなものじゃないので、本を読むことをお薦めします)



    ☆☆☆



    『喜びから人生を生きる!』の中に、私がどうしても忘れられない箇所があります。

    アニータさんは臨死体験で、「自分の中の恐怖心や心のあり方が癌を生み出したのだ」ということを知るのですが、彼女が意識を取り戻してから、自分の姿と対峙したときの反応には、胸にぐっとくるものがありました。



    ---------------『喜びから人生を生きる!』から



    集中治療室を出てから数日後、私は筋力をつけるために理学療法を始めました。
    初めて部屋の中を歩けるようになった日、看護師が気遣いをしてくれて、
    鏡のあるトイレに連れて行ってくれました。
    ところが、鏡をのぞき込むと、なんと骨と皮だけの自分が映っていて、
    その姿にひどく滅入ってしまったのです。

    そんなに落胆したのは、昏睡状態から覚めて初めてでした。
    私は、数分だけ一人きりにしてほしいと看護師に頼みました。
    そして鏡の中の自分をじっと見つめましたが、
    目の前にいる人物が誰なのか、まったくわかりませんでした。
    髪の毛はほとんど抜け落ち、目はくぼんで大きな眼球だけが目立ち、頬骨が突き出ていました。
    右耳下の首には、絆創膏が貼られ、ぱっくりと開いた皮膚病変を隠していました。

    鏡に映った自分の姿に釘づけになり、涙がとめどなく流れてきました。
    虚栄心から泣いたのではありません。
    その時、私にとって、身体的な外見は重要ではありませんでした。
    むしろ、今、鏡の中にいる人物を誰かが見たら、
    きっと抱くであろう哀れみを感じ、涙が出てきたのです。
    それは、心からの共感を伴った悲しみでした。

    私は自分の姿の中に・・・その顔や目の中に・・・
    これまでの長い年月にわたる苦しみを見ていたのです。

    「どうして、これほどの苦痛を自分に与えてしまったのだろうか?
    なぜこんな苦しみを課したんだろう?」私は悲嘆に暮れました。

    私自身が、自分に対して行ったのだと痛感していました。
    鏡のほうへ手を伸ばし、そこに映る涙にぬれた顔に触れながら、
    二度とこんなひどい目にはあわせない・・・・・と誓ったのです。




    ---------------




    私たちは、何も好き好んで苦しんだり、怒りや恐怖や不安を持ったりするわけじゃありません。でも、エネルギーの視点から見たら、単純に自分で自分を攻撃している状態になっているのかもしれません。


    私自身もある人を死ぬほど憎んでいた時、「顔面がはれあがる」という経験があったので、これには思い当たる部分があるのです。だって、その憎しみが消えてからは、すっかり嘘のように治りましたから。(一体どんだけ憎かったんだ)


    いや、私は病気の原因は人それぞれで、病気がその人の「心のあり方」のみにあるとは考えていないんです。赤ちゃんや幼児の難病など説明がつきません。引き寄せの法則的な視野でだけで人生を捉えることには絶対無理があると思うのです。


    なんといっても、アニータさん自身も臨死体験前は、無理やりポジティブ思考をやっていたそうですから。でも、彼女は癌になってしまった。


    「それじゃ、一体どうしろと?」って思いますよね。というわけで、続きはまた次回。(・ω・)ノ



    続き☆アニータ・ムアジャーニが語る心と健康
    http://romansulove.jugem.jp/?eid=17









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