人間に霊体は存在すると確信した件

52

 

 

 


その昔、本だったかHPだったかは忘れましたが、パンタ笛吹さんがこんなことを書いていました。

「精神世界のゴタゴタに疲れて、しばらくはインドのお香を嗅いでも拒絶反応が起きた」みたいなこと。
 

 


・・・わかるなあ、こういう感覚。

 

 


私の場合、パンタさんとは事情が違いますが、信じたスピ物件にことごとく騙される経験を経て、神だの霊界だのを一切信じられなくなって以降は、精神世界のありとあらゆるモノを嫌悪するようになりました。スピ好きだった頃には何ら抵抗もなかったキーワードが、聞くだけでも不快でたまらないのです。
 

 


チャクラ、波動、アストラル体、エーテル体、オーラ・・・みたいなね、目には見えないけど精神世界全般では「ある」という大前提で、さも当たり前のように語られているこれらの言葉。
 

 


ついに洗脳から覚めたと思っていた私からすると、こういうことを語ってる人々が、とてつもなくバカに見えたんですよね。おめでてーなっていう。生体エネルギー測定装置だとかキルリアン写真だとか、ああいうのも全部エセ科学に思えてしまい、何の証明にもならないんですよ。



☆☆☆☆



そんな私も今じゃ、こういったものが存在すると抵抗なく受け入れています。

 

 

 

だって、人間には霊体といえる非物質の体が存在するということが私の中でハッキリわかったから。



一番最初に、私が体外離脱現象を脳内現象だと思わなくなったきっかけは、自分の霊体の存在を確信したことにあったんですね。これ他の人には証明できないし、自分で満足してるだけなんですけどね、はは。でも、私がずっと求めてきたのはそういうことだからいいのだ。(´∀` )



なぜ霊体の存在を確信したかというと、昼間の目を覚ました状態で、自分の肉体から霊体の一部を抜いてじっくりと観察したからです。すいません。アホらしいほど単純なことです。



昔から私には体脱から戻ってきた直後にコレをやる癖がありました。自分の霊体の腕ならば腕だけ、足ならば足だけを、肉体から出したり入れたりする動作です。体脱直後は、霊体(正確にはエーテル体だと思う)が肉体に安定していないので、こんなことができるんでしょうね。



ただこれ、今までは寝てる時なんで、殆ど暗闇の中限定でやっていたんですよ。それからどちらかというと、寝起き直後のボケた状態でした。

 

 

 

「ケタミンという薬物を投与すると、人間の体から霊体が分離する感覚が起きる」という話があります。だから、睡眠と覚醒の中間にあるまどろみの時には、脳が同じような幻覚を作りやすいのではないか?というような解釈をしていました。



☆☆☆☆



「楽しい体外離脱」というサイトをご存知ですか?私も以前はあの管理人さんと、まったく同じ体外離脱観を持っていました。体外離脱は脳内現象で超一級の幻覚!という考え。



ただ、幻覚とは割り切りながらも、どうもひっかかっていたのは、あまりにもリアルすぎる「霊体みたいなもの」が、肉体から出入りする感覚です。

 



この霊体のようなものの正体は一体なんなのだろう・・・・体外離脱が、「超リアルな夢の一種」に過ぎないとしても、わざわざ体から霊体のようなものが分離した後に夢のストーリーが始まるのは何故だろう??それが普通の夢だとしても、目覚めるときには、霊体のような自分が肉体に戻る感覚がいつもあるのは何故だろう??
 

 


脳内で作られた世界なら、おとなしく寝てればいいじゃないか??・・・とまあ、このあたりがね、腑に落ちなかったわけなんです。

 



だから、昼間に体外離脱をして戻ってきた直後、「霊体のようなもの」の一部を肉体から切り離したまま、自分の意識をもっとしっかり覚醒させたら、肉眼ではどんな風に見えるのか?この幻覚的な体感はどのように変わるのか?色々実験してみたんですね。







はい、非常に残念なラクガキですね。( ´∀`)y  これが私の限界です。



さて、もし体外離脱が「夢の延長線上にある幻覚」であるのなら、私の意識がガッツリと覚醒した瞬間に、霊体のようなものが肉体から分離している感覚も同時に消滅しなければ、理屈に合わないのです。

といっても、あくまで私の考える脳内現象としての理屈にしか過ぎませんが。



まあとにかく、私、肘から下の右手の霊体のようなものを肉体から分離させたまま(上の絵の状態)で、目を開けてみたんですよ。



この時、声上げて笑っちゃったんですけどね。結局は、分離感覚が消えるどころか、むしろ、霊体の右腕ほうが肉体同然の感覚があり、肉体の右腕のほうはぐったり横たわった置物同然でした。



私は霊体の右手で、グー、チョキ、パーと色んな動作をしてみましたが、肉眼じゃまるっきり見えません。うーん、これじゃあ、幽霊が見えないわけだわー(゚Д゚ )

 

 


この時の私の様子を傍目から見たら、体の半身を起こして、右側の空間を凝視しているだけの人です。でも、私は霊体の右腕を肉体から分離させていながら、肉体のように動かしていたのです。目には見えないけど。もう私の意識はすっかり覚醒していました。



こういうことを何度か実験してみてわかったのは、霊体を肉体にきっちりと入れなければ、その部分の肉体はピクリとも動かすことができないということ



この分離感覚が幻覚であるならば、どうしてこの霊体のような幻覚物を肉体に入れなければ、体を全く動かすことができないのでしょう?霊体をすっぽり入れた頭や足ならば動かせるようになるのですよ。



こんな風に、肉眼では全く見ることはできないけれど、霊体の右腕が肉体の右腕同然に動くのをハッキリと確認しながら、「私は肉体じゃない。霊だったんだ!( ;゚Д゚)」と、悟ったのです。



ちなみに私は、風邪薬と便秘薬以外の薬は極力、飲まない人間です。ケタミンのケの地もありません。



☆☆☆☆



昔からよく、「人間は霊こそが本体で、身体はいずれは朽ちる乗り物に過ぎない」というようなことを言いますよね。



まあ、人間世界はこの乗り物がとても重要なんで、軽視することは全くできませんが、でも、非物質の霊体のほうが私たちの本体・主体であるという話は本当です。この肉体は、着ぐるみと一緒で、中に人(霊)が入らなければ動かすことはできないのです。私たちは、ガチャピン、ムック、くまもんと同じ。



ただし、私は霊体を「非物質の体」というのにはちょっと違和感ありです。なぜって、体脱で霊体のほうに意識の主体があるときは、霊体こそがリアリティがあり、とても物質的なんですよ。どちらかというと、不可視の身体と言うほうがしっくりくる。



まったく、どうして今までこれを確認してこなかったのだろうって感じです。正直、今までは「脳内現象説が正しい」という結論ありきで、屁理屈をこねくりまわしていました。もうね、ここはシンプルに解釈したほうがスッキリする。




人間には、目には見えない不可視の体が存在する!この単純な事実を確信しただけで、私は体外離脱で体から抜け出た後、その世界を脳内現象だとは思えなくなりました。



その頃からですよ。今までは体脱後は毎度、支離滅裂な領域のエーテル界ばかりをうろついていたのに、もっと上の面白い次元に行けるようになってきたのは。



脳内現象だと思ってるうちは、脳内現象としか思えないような世界に行ってしまう・・・ということだったのかもしれません。




というわけで、今回はこの辺で。それではまた!(-@∀@)

 



追記:体外離脱は危険ですので真似しないでください。

霊体と肉体の分離もしないように気をつけたほうがいいです。

 

 

 

 








 

 

 

 

 


自分の想像がつくりあげた存在と会う

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    体外離脱を繰り返しているとね、ホント、いろんな存在に出会うわけですよ。宇宙人、天使、故人、霊界学校の教師、霊界病院の医者、ガイド、高次元ぽい存在、不気味で怖〜い存在、透明人間、、、

     

     

     

    その正体の判断基準は自分の主観でしかないのですが、その中でも、非物質領域に存在する自分の想像がつくりあげたエネルギー体について話したいと思います。

     

     

     

    唯物的な解釈をしていた頃は、上記のヤツら全部ひっくるめて、夢と同じで自分の潜在意識が作ったものの範疇に分類していました。どれもみんな一緒。

     

     

     

    ・・・が、体外離脱時に、「正真正銘本物の自分の想像がつくりあげた存在」(変な言葉だ)に何回か遭遇するうちに、自分自身の分身に過ぎないモノと、明らかに自分ではない霊磁気を持つ者との違いがハッキリとしていることに気づきました。うーん、別の魂を持つ者との違いとでもいうのか。

     

     

     

    とにかく、非物質世界で、想像上の産物に過ぎないエネルギー磁気体に対峙してみるとわかる特徴があるのです。

     

     

    ***

     

     

    自分の想像がつくりあげたモノの代表例として、えーと、よく作品の登場人物が夢に出てきて・・・ということを言っている小説家の話を聞いたことはありませんか?

     

     

     

    これ、私も子供の頃から小説や映画を作るのと全く同じ感覚で、架空の世界や架空の人物ストーリーを空想する習性があったので(この空想には自分という主体は存在しない)、夢の中に自分が想像してつくりあげた人物が登場することが、たま〜にあります。

     

     

     

    こういう空想上の人物が夢に出てきても、それは自分の脳内だけのことかと思っていたら、どうもそうではないようでね。

     

     

     

    毎日毎日、ある特定の人物・キャラクターをしつこく想像し続けていると、非物質領域においても、このキャラクターは、まるでいっぱしの「霊」のごとく存在するようになるみたいなのです。きっと、本人が飽きてエネルギー供給源が消えたら消滅するのだろうけど。

     

     

     

    これまで何度かエーテル界と思われるところで、私自身が長い間、空想して作りだした存在?たちに遭遇しました。

     

     

     

    ちなみに、これらの空想上の人物の容貌はネット上にころがっていた無名モデル(老若男女子供いろいろ)などをイメージして作られていているのですが、髪型や目の色など私が変えた細部まで、まさにそのまんまの姿で具現化して動き回っていました。

     

     

    ***

     

     

    いやあ・・・創造主と被造物との邂逅に胸アツです。もう、「ワシがオマエらの神様じゃよ!」という関係ですからね。なぜか全員で露天風呂の中に浸かったのですが、しかし、いざ彼らと会話してみると・・何だよまったく、ガッカリもいいところ。(´・ω・`)

     

     

     

    なぜってそれは、会話した瞬間にこの連中が、私自身の分身でしかないのが一発でわかったから。

     

     

     


    なんていうのかなぁ・・・・私の創造物であるエネルギー体がどんな外見をまとっていようとも、彼らの中に私自身が複数同時に存在しているような感じなんですよ。バイロケーションみたいに。

     

     

     

    神様の視点ってこんな感じか??というような状態です。とにかく全員が全員、見事に自分自身なんですわ、はははは。みゆ1、みゆ2、みゆ3、みゆ4、みゆ5・・・空想キャラの数だけその中に自分が存在するという。

     

     

     

    この感覚は、対峙して直ぐにはわからないのですが、会話してみるとよーくわかります。自分の心の中でする脳内会話ってあるでしょう?あれとおんなじ。彼らと会話しても、単なる心の中の自問自答状態なので、面白くもなんともないのです。何かを言われて傷つくこともなければ、癒されることもない。

     

     

     

    所詮、私の想定の範囲内での言動しかできない操り人形のような存在なので、私の創造物が私のレベルを超えた知識・見識を披露してくれることは絶対にありません。

     

     

     

    だから、ネタ元のモデルと、私の空想キャラとの間にエネルギー的繋がりが生まれることはありません。エネルギーを供給して維持しているのは、なんてったって、創造(妄想)主である私自身なので。

     

     

     

    それにしても、神様は宇宙に自分しか存在しないことに退屈して、分離させ、互いの心が理解し合えない世界をつくった〜・・・みたいな話がありますが、その気持ちもわかるってものです。どれだけ別の体をまとっていようとも、お互いの中に居る自分を完全認識していることの空しさというか、「つまんねー感」ときたら。

     

     

     

    (つづく)

     

     

     

     


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    自分の想像がつくりあげた存在と会う

    0

       

       

      (前回からの続き)

       

       

       

      じゃあ、仮にある人が、アイドルなどをモデルに自分の理想の恋人や嫁などを想像し続けるとしますよね。たぶん、こんなケースが一番多いのではないでしょうか〜。私のように子供やじーさん、ばーさんまでも作り出す人間のほうが稀。

       

       

       

      雑誌のモデルなど他人の容姿を勝手に使った人物キャラクターは、しつこく空想していると非物質領域に具現化しているので、考えてみれば、体外離脱をした時にこういうエネルギー体と会ってイチャつくということも可能といえば可能なのです。

       

       

       

      これ、私はやったことはないし、やりたいとも思わないのですが、想像するだけでも恐ろしくツマラナイ状態になることはわかります。(´∀` ;)

       

       

       

      だって前回言ったように そいつは所詮、自分の分身エネルギーですからね。外見が橋本環奈だろうと、ミランダ・カーだろうと、わざわざ、自らの霊体を引っぱりだした状態で、自分の生霊とイチャつくようなもの。

       

       

       

      なぜ自分の分身エネルギー磁気体(ダスカロス風に言うとエレメンタル)と戯れることがつまらないかというと・・・ええっと、現実世界の例でいうとホラ、すごく好きになった相手と初めて手を繋いだ時の、まるでビリビリっと電気が走ったような感覚ってわかりますか?

       

       

      ああいうのは、自分ではない他人のエネルギー(霊磁気)と接するからこそなのです。

       

       

       

      それが自分自身と抱き合ったとしたら、ビリビリもクソもありませんわ。想像でつくり出したエネルギー体は、もう、ぬいぐるみを抱きしめるかのように味も素っ気もありません。まさしく、ただ自分で自分を抱きしめている行為。

       

       

       

      「エネルギーとかどーでもいい。外見が○○○なら、別にそれでもかまわない」という人もいるかもしれません。まあ確かに脳内でするよりもリアルであることは間違いないです。なにより安全だし。

       

       

       

      でも、向こうの世界で、命ある別の魂とエネルギー的な交流をすると、そんな空しくつまらない行為には興味を失っていくと思うのですよね。きっと。

       

       

       

      ***

       

       

       

      とにかくね、ガチで自分の脳内妄想でつくり出した薄っぺら〜なエネルギー体と接してみてわかったのですが、それらと比較すると、やっぱり、命ある別の魂には、その存在が放っているエネルギー磁気というか、霊磁気とでもいうか・・・異質としか言えない何かがあるのです。

       

       


      例えば、犬は匂いを嗅ぐことで相手を識別し判断するといわれていますよね?ワンちゃん界にはワンちゃん界の、相手を判断する感知能力があるわけです。犬飼ったことないけど。

       

       

       

      人間であれば、外見、立ち居振る舞い、話し方・・・といったことになるのですが、これが非物質世界になると、外見などの表面的なものより何よりも、まずはワン公のごとく、相手が放つ霊磁気によって見極める感じになるのですよ。(あくまで体外離脱の場合では)


       

       

      例え、外見がどれだけ美しくても相手が放つエネルギーで「・・・こいつ、ヤバイ」って、すぐにわかります。そんなヤバイ波動の存在と会う機会は、かなり下位の幽界に行ってしまった時ぐらいですけども。

       

       

       

       

      もし、この相手のエネルギー磁気を感知できない状態で向こうの世界を広範囲にうろつきまわるとしたら、それは怖いなぁと。好ましくない存在の霊磁気を自分にベッタベタと付着させることになるわけだから。特に体外離脱のように自分の霊体をごっそり持ったまま、エーテル界や下位幽界へ行くのは私はもう嫌ですね。

       

       

       

      波動の低い霊磁気の付着は、それがリアル生活の自分の感情面にけっこうな影響を与えるので。

       

       

       

      そう考えると、自分の分身エネルギー体に過ぎないようなモノたちと、脳内妄想に等しい交流世界を描いているだけならば、むしろ、そっちのほうがよほど安全とは言えるのかもしれません。(・ω・)

       

       

       

      (つづく)

       

       

       


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      自己の投影としての偽ガイド

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        (前回からの続き)

         

         

         

        非物質世界に具現化してしまう、自分の分身エネルギー磁気に過ぎないもののパターンはどうやら二種類あるようです。

         

         

         

        一つは、自分で意識的に想像してつくったものと、二つ目は、全く無意識のうちに潜在意識がつくり出してしまったもの。

         

         

         

        一つ目に関しては前回お話したようなことなのですが、やっかいなのが二つ目です。自分では全く気づかないうちに潜在意識が、いっぱしの「霊」に見えるようなエネルギー体をつくり出してしまうことがあるようで・・・生霊なんてのはまさしくその代表例ですね。

         

         

         

        生霊が本人の姿を転写していればまだわかりやすいのですが、それが、恨みや憎しみなどの負の感情エネルギーとなると、ヘビや大蛇の形を取る場合もあるらしいです。私は見たことないけれど。

         

         

         

        こういう生霊と同じ範疇に入る、「潜在意識が勝手につくり出した自分の分身エネルギー磁気」の形態の中でも、私が最も驚いたのは、体外離脱時にそれらが「ガイド」として登場してきたことです。いやー、紛らわしいったらありゃしない。

         

         

         

        そう、あるんですよ。自分の生霊・分身に過ぎないような類のものなのに、あたかも颯爽と「ガイド」として登場してくることが!(・∀・;)これ、ダスカロスがいうところの、潜在意識下にある願望がエレメンタルとして現れた、とでも解釈すればいいのかなあ・・・。

         

         

         

        ***

         

         

         

        以前の私は、体外離脱で向こうの世界をあちこちと徘徊していながらも、なぜか自分のガイドには会ったことがありませんでした。

         

         

         

        肉体から抜けると、常に私の後ろには透明人間がいて、その存在が色んな場所へ連れて行ってくれたので、問題がないといえば問題なかったのですが、けっしてその透明人間と話ができるわけじゃなかったので不満は募る一方。

         

         

         

        「後ろの透明人間がガイドなんじゃ?」とは思ったのですが、もう徹底して頑なに無言を貫いている存在なのでね、リアルの状態とそう変わらないのです。

         

         

         

        ヘミシンクで一年中ガイドと対話している人たちと比較しては、「私もガイドと話がしたい!どうして私はガイドと会うことができないんだろう??」と思い続けていました。自分の人生に関する疑問を問いただしたかった。

         

         

         

        そんな感情がやけに強かった時期に体外離脱をして、「ガイドと会う!」というアファメーションをすると・・・あらま、出てきた、出てきた・・・森の中から、1,2,3,4,5,6、、、10人近く登場してきました。どういうわけか全員がコーカソイド系の人種で。

         

         

         

        しかも、この人たちはその一人一人がもの凄い美形だったのです。それは、全盛期のブラッド・ピットとか、ジョニー・デップよりも確実に上だ!と思えるくらいのレベルでね。(あくまで当社比)

         

         

        ***

         

         

        ガイドがこれってねぇ、もうこの時点でおかしいのですが、案の定、喋ってみると前回お話したような、"自分の想像がつくり出した分身エネルギー体" と同質の特徴を持っていました。

         

         

         

        なので彼らと対面すると直ぐに、自分の分身と向き合った時のあの「つまんねー状態」に陥ったわけですが、やっぱり、それでも感心してしまったのがその外見。

         

         

         

        空想上の人物であれば容貌も自分が意識的に創り出したものなので、見た瞬間にわかるのですが、この連中は違う。このガイドとして現れた存在たちの顔は全員、一人ひとりが私が生きている間に本当に一度も見たことがない顔で、現実世界でも実在する人物はいないのです。

         

         

         

        そこが不思議で、彼らをそれはじっくり眺めまわし、いじってみたのですが、やっぱりこの存在たちが私自身の分身エネルギー体であることは間違いないものでした。なぜそれがわかるかと聞かれても、犬の嗅覚と同様に説明しようがないのですが。

         

         

         

        そもそも、私は自分のガイド・守護霊に見た目のいい外人男などまったく求めていません。むしろ、貫禄のある老人か、優しい女性が一番の理想。でもまあ、今にして思えば、当時の私の状態を警告するメッセージ性を持った出来事ではあったんだな。

         

         

         

        その意味は、外見ばかりに意識を向ける傾向がある私自身の反映と、いくら外見が魅力的でも、自分のためにならないアストラル界の存在たちには要注意〜なんですけど。

         

         

         

        ***

         

         

         

        っていうかね、そんなメッセージ性はどうでもよく、とにかく自分の潜在意識が勝手にあんな高度な美形を生み出してしまったことにビックリですよ。

         

         

         

        例えば、ファイナルファンタジーに登場する、うざったいまでのイケメンキャラってあるじゃないですか。あれは、モデルとなっている実在の芸能人が垣間見えるような人工的なものを感じさせるのですが(角度によってコロコロ顔も変わるし)、私自身の投影に過ぎなかった分身ガイドたちは、そういう作り物感が一切無かったんですよねぇ。とにかく良く出来てた。

         

         

         

        で・・ここで私が言いたいのは、無意識に生み出したエネルギー体であっても、そのくらいにハイレベルだということです。(・ω・)

         

         

         

        その後、この自己の投影であるエレメンタル的なガイド以外にも、「ガイド」の役割として登場してきた存在はいました。だいたい、5・6人くらいかなあ。

         

         

         

        でも、それらと、今の私が「守護霊」と認識している存在とは、完全に別枠で捉えているんですよね。

         

         

         

        (つづく)

         

         

        自分の想像がつくりあげた存在と会う

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        自己の投影としての偽ガイド

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          (前回からの続き)

           

           

          とにかくそんなわけで、自分が無意識に生み出してしまった生霊的な「ガイド」であっても、そのくらいにハイレベルなのです。

           

           

           

          彼らは、ヘミシンク界でいわれるところの「リトリーバルで解放する必要性をもった自分」のような類でもありませんでした。そーいうものだったらまだ面白かったのに、つくづく役に立たない連中です。

           

           

           

          まあ、「自身の潜在意識の探求」というセラピー的な視点で捉えるならば、意味はあるのですが、それにしても紛らわしい。もしも、あの出来事が体外離脱ではなく、「ビジョンを見た」だけの体験だったとしたら、私はアレが自分の分身だとはわからずに暫くはガイドと勘違いしていたかもしれません。

           

           

           

          そして、「最初は妄想でもそれが呼び水となって・・」というメソッドで脳内会話を始めてしまった日にゃー、これまたややこしいことになる気がしてなりません。(・∀・;)

           

           

           

          というのは、あの手の自己の分身エネルギーは、ガイドだという信念を持って脳内会話を繰り返していると、まるで「生命」を与えられたかのように存続していく可能性があるから。その理屈は、私が空想でつくり上げたキャラクター人物が、非物質領域では霊のように動き回るようになっていたのと一緒。

           

           

           

          こうして、自身の生霊に過ぎないモノたちと脳内妄想を繰り広げていくという、全くおめでてーなとしか言いようがない状態になることもあり得ます。でもまあ普通は、自己対話に過ぎない妄想は所詮、つまらないからすぐ飽きちゃうんですけどね。

           

           

          ***

           

           

          ところで、私の好きなダスカロスは、自分自身が生み出している想念エネルギーのことを「エレメンタル」と言っていました。

           

           

           

          私の前に現れた美形外人ガイドたちが、単なるエレメンタルだったと結論づけていいのものかどうかはわからないのだけど、エレメンタルというものについて深く考えさせられた出来事ではありました。

           

           

           

          エレメンタルに関しての解説を『メッセンジャー』から抜粋してみます。

           

           

           

           

           

          ------------『メッセンジャーストロヴォロスの賢者への道』から

           

           

           

          ダスカロスの講義はエレメンタルについてであった。
          まず最初に、彼は前回の集まりで議論した内容をまとめた。

          これは彼の教育方針で、以前教えた内容をみんなが完全に消化できるまで繰り返し教えているのである。

           

          「エレメンタルは他の生き物と同様に自分自身の生命を持っていて、
          それはそのエレメンタルを投影した人間と独立した存在である。
          どのような思考や感情でも、個人が投影したものはエレメンタルである」

           

          それから彼は、エレメンタルにも二種類のものがあると説明した。

          潜在意識によってつくられたもの、これは欲望的思考と呼ばれる。
          そして意識的につくられたもの、これは思考的欲望という。

           

          個人は思考や感情を通して波動することができる、と彼は続けた。

          どのように人が波動をするかということは、
          彼が創造するエレメンタルの種類と質を決定する。

           

          主に感情によって波動をすると、彼は感情や欲望の影響の下にあり、思考や二次的な役しかない。
          これは欲望的思考のエレメンタルである。

          もし個人が思考の影響下にあると、彼はノエティック体のエレメンタルをつくり、
          視覚的イメージの力を操れる師になる。

           

          真理の探求者は、欲望と感情が自分を助けてくれる役割を持つような
          強くて良いエレメンタルを、強い思考を通して創造する訓練をするべきである。

          このような思考的欲望のエレメンタルのほうが長く持ち、そして力もより強く、
          目的の仕事をずっと早くこなすことができるのである。

           

          欲望的思考のエレメンタルは、思考や欲望の性質を理解していない普通の人の特徴である。
          結果として、自分のつくったエレメンタルの餌食になってしまうことが結構ある。

           

          人が外に投影したエレメンタルが、

          いずれそれをつくった人間の潜在意識に戻って来るというのは、自然の法である。

           

          そうして、記憶の中から意識の表面に上がって来て、新たなエネルギーを吸い込んだら再び沈んで行く。

          人間の潜在意識にもっと長くいられるまで、同じサイクルが繰り返される。
          それから、人のエーテル・ダブルからエネルギーを吸収して、生命を持続させる。

          こうやって、タバコ、賭けごと、アルコールの依存症や習慣が形成されていくのである。

           

          根源に帰るというエレメンタルの傾向が、カルマの法則を可能としている。

          人は、自分自身が意識的に、あるいは潜在意識的につくり上げたエレメンタルに向き合うことになる。

           

          ダスカロスとの話の中で、とくに強い欲望から生まれたエレメンタルは

          その人間が一番それを望まない時に戻ることがある、ということを聞いた。

           

          ダスカロスは、自分の過去世の中でルネサンスの時代、イタリア人だったことがあった、と言った。

          その時、彼は印刷機を発明するという考えに熱中していた。

          この執着の結果として、現世では政府の印刷局でライノタイピストとして働くことになったという。

           

          ダスカロスの説によると、私たちの今の性格や周囲の状況は、
          私たちがこの三次元に降りて来て輪廻のサイクルを始めた時以来

          つくってきた数々のエレメンタルの総合的な結果なのだという。

           

          エレメンタルを形づくっているものは、人格や宇宙一般をつくっている内容と同じで、
          それはノエティック体、サイキック界、物質界のエーテル体である。

           

           

          ------------


           


          このエレメンタルね。向こうの世界で具現化されたものは、どうも現実世界と自分自身に影響を及ぼすようになるみたいなんだな。エレメンタルは願望実現に使える一方で、無自覚で放出し続けてきた悪いエレメンタルが自分自身に返ってきて酷い目にあったりもする。

           

           

          私、体外離脱をする中で、こういう仕組みをじわりじわりと理解するようになると、「思考と感情エネルギーはお金だ!」と思うまでになりました。

           

           

          まったく、子供やじーさんばーさんを具現化してる場合じゃなかったのに、今まで私は一体何をやっていたんだろう。

           

           

           



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          恐怖の人面ヤマアラシ事件

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            私、今、意識的に体外離脱をするのは止めているんですよ。

             

             

             

            体外離脱は、私にとって人生の肯定的変化をもたらした一方で、ゾッとするような怖い体験も沢山あったわけで、正直、「もうええわ」というのが今の心境です。当分は、現実に集中しないと。

             

             

             

            にも関わらず、最近、無理やり非物質の何者かが、私の霊体を体から引っ張り出そうとしてくるので、「今そんな気分じゃないんだよ!ほっといてよ!」と抵抗しました。結局、ズルズルと引っ張り出されたのですが、意外と良い奴だったのか、そいつから便秘に利くツボを教えてもらいやした。(←効いた)

             

             

             

            そんなことは別にどうでもいいんですけど、まあ、怖い体験というのは、うっかり幽界を徘徊した時に、好ましくない存在が、自分の特定のチャクラの中に入り込んだり、霊体に巻きついてきたりすることです。

             

             

             

            もうね、肉体に逃げても付着した霊磁気は取れないので、その影響を現実生活でモロに受けてしまうの。

             

             

             

            大抵の人たちは、自分のエネルギー体に、そうとは知らずに霊的な付着物をベッタベタと付けているものなのですが、私は自分に何が付いているのかが(ある程度)わかっている分、気になるし、落ち込むのです。逆に、体脱体験を脳内現象だと思い続けていた頃のほうが、どこ吹く風で強かった。へっちゃら。

             

             

             

            ただ良い側面としては、付着した存在の正体(生前のエピソードなど)がハッキリとわかってる場合は、自分の内面をじっくりと見つめなおす良いキッカケにはなります。というのは、大抵、付着した霊と同じような心の傾向が、僅かでも自分自身にもあると気づくから。

             

             

             

            これまでの経験上、わかったのは、酒飲みの霊が酒飲みに憑依するとか、何らかの似た傾向を持つ霊が憑依するという、あの説は本当です。

             

             

             

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            例えば、『メッセンジャー』にも、ドイツ人の悪霊に憑依されたユダヤ人女性の話が紹介されていました。

             

             

             

            ある若いユダヤ人女性が、ユダヤ人への憎しみを抱えたまま死んだドイツ人夫婦の霊に憑依され、奇怪な現象に苦しんだ末、ダスカロスに助けを求めるのですが、ダスカロスが言うには、もしもこのユダヤ人女性の内面にドイツ人夫婦と同様の性質(他民族・異教徒への憎しみ)が無ければ、彼女が憑依されることは決してなかったそうなのですね。

             

             

             

            だから、変なものに憑かれたくなければ、ひたすら自分自身の心を美しく磨いていくしかないのです。このことを、へばりついてきた彼らは常に私に教えてくれました。今の君はそんなレベルだよ、って。

             

             


            で・・・、そういう連中と出くわしたのが幽界で、相手がどんな人物であるかを私自身が、それなりに認識できる場合はまだいいの。その後は、自分の内面を見つめなおし、心の中にある同じような傾向を改善すればいいわけだから。

             

             

             

            でもねぇ、時々、「アンタ、一体何者??」としか言えない謎の物体に遭遇することがあるのです。それは体脱中とは限らず、寝ているベッドにも侵入してきます。嬉しくないことに、いつの間にか私は、こういう非物質の存在を知覚するようになってしまいました。

             

             

             

            これまでに、最も意味不明で不気味な生き物だったのは、ヤマアラシのように全身がで覆われていて、中央には人間の顔がある、人面ヤマアラシみたいなやつ(笑)

             

             

             

            といっても、ヤマアラシのようには可愛くない。全身くまなく金属的な針のようなもので覆われたハードコアな奴でした。形状としては動物のような生き物でね、夜中、目を覚ました時に、私のお腹の上にそんなモノが乗っていたんですよ。・・・もう怖いって。

             

             


            こういう場合は、一体どーすりゃいいのでしょう??下手に格闘すると自分のエーテル体を傷つけてしまうのですが、乗られているので、抵抗しないわけにはいきません。最後には、"意図と意識"で外しました。

             

             

             

             

            非物質的な体験を、総じて「脳内現象」「ただの夢」「勘違い」「偶然」などと判断していたあの頃の私はある意味で強かった。こんな、くっだらない体験をしたとしても、日常生活に戻れば気にすることもなく、即効で忘れてしまうのだから。

             

             

             

            ****

             

             

             

            結局、その人面ヤマアラシと格闘した後日、お風呂に入ったら、あ〜あ、やっぱりな・・・・でしたよ。

             

             

             

            私の体の、胸や腕などには、針で引っかいたような切り傷が何箇所も残っていたのです。。(´Д`;) 

             

             

             

            お風呂に入ると、しみて痛いレベルでね、これが一つや二つじゃないんですよ、何箇所も・・・!こんな傷が出来る理由は、現実生活には何もなかったのに。

             

             

             

            今はもう跡形も無くキレイに消えたからよかったけど・・・・やっぱり、エーテル体を傷つけると、時間が経ってから肉体次元に反映してしまうことを、身にしみて実感しました。

             

             

             

            しっかし、こんなモノを引き寄せてしまうとは・・・私自身に、このトゲ針人面ヤマアラシと同様の何かがあるとでも??(−_−)と悩まずにはいられません。おかしいなあ、、随分丸くなったつもりなのに。

             

             

             

            まあ、この出来事をポジティブに捉えるとするならば、「人間は、エーテル体が傷つけば肉体に反映する。そして、エーテル体が改善すれば、肉体も改善する」ということを私は学べたということなのです。うん、こいつは利用できるぜ!

             

             

             

             

             

             

             

            ブログを読んでくれた皆さんに

            幸運がありますように。(−人−)


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            癒しと光の領域

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              最近、ちょっと衝撃的なことがありまして、ここ数日、悩みまくり、心が不安感でいっぱいになってしまったんです。(´・ω・`)

               

               

               

              それでどーにもならないので、夜寝る前、自分の守護霊に向かって「あ〜あ・・・私もアニータ・ムアジャーニさんが臨死体験で逝ったような癒しの領域に行ってみたいよ」なんてボヤきながら寝ました。

               

               

               

              その夜、体外離脱を促す振動があったので肉体から抜けると、それはそれは綺麗なお花畑に到着。お花畑にはドアがあったので、そこを開くと眩しい光の世界でした。「なんかありがちだなぁ」などと思いつつもワクテカです。

               

               

               

              その光の世界を、ぐんぐんぐんぐん、昇ったのですが〜・・・あれえ?その光の領域に入ったら、いつもの体外離脱と違って、肉体次元を半分くらい並行して感じたんですよね。どうしても、自分の霊体をごっそり持っていけない。

               

               

               

              心が癒されるような光の癒しの領域と、肉体次元を、半分ずつ同時に感じるようなそんな感覚。

               

               

               

              それからいつもだと、何かを教えられる時は、テレビのテロップみたいに自分の見たモノに説明がご丁寧に入るのですが、今回はそういうのは無し。でも、この体験がどういう意味なのか、直感的にわかりました。

               

               

               

              それは、別に臨死体験などしなくても、この肉体次元にも、自分を癒す光の領域は、重なるように存在しているということ。どこか遠くの高い世界にあるわけではなく、現実世界と重なっている。そして、自分がその癒しの領域の周波数に、心を合わせられるかどうかの問題、というわけです。

               

               

               

              「そーか!うんうん!確かにな!(`・ω・´)」と元気になった反面、「その理屈はわかるんだけどさ、それが難しいから困ってんだよ!!」という感じ。

               

               

               

               

              まあ、でもとにかくそういうことらしいのです。はい。

               

               

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              勿論、アニータの臨死体験と同じ領域に行ったわけでなく

              メッセージ的な体験だと思う。

               

               

               

               


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